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嗚呼 2021年10月17日 酒場 トラックバック:0コメント:15

祝!断酒一年。

なにが「祝」だ!
呑めないストレスがどれほどのもんか、わかっとるんかい!
しかし我乍らよう我慢したもんや。
ご褒美に、誰か一升瓶送ってくれ、アハハハ・・・

主治医から「今後、お酒は一滴も呑んではいけません」と、
残酷な診断を下されてから、今日で一年が経ちました。
一年ぐらいでは、お酒の記憶が消えるわけがありません。

今も頭を巡るのは何軒も梯子した、めくるめくような日々のこと。
その中でも是非もう一度行ってみたい酒場が、次の三店です。
いずれもよく通った馴染みの店。

ブログ上ですが、よければご一緒していただけませんか?

先ずは八重洲で80年の「ふくべ」。
八重洲飲食街の夜は新橋と並んで、サラリーマンのパラダイスです。
戦後まもなくからの居酒屋が軒を連ね、ネオンが煌めく頃は、
どこも空席が見当たらないほど活況を呈しています。

酒場(1)

その中で誰よりも早く席を確保したいと押し寄せるのが、「ふくべ」という老舗です。
昭和14年の創業といいますから、太平洋戦争開戦以来の古い酒場。

いつ行ってもびっしり満員で、無理やり詰めてもらったカウンター席(といってもベンチのような椅子だが)の、
肩と肩がくっつくような、そんな窮屈きわまりない場所で飲むわけですが、
肩触れ合うもなんとやら、飲むにつれてどちらからともなく言葉を交わすようになるんですね。

酒場(2)

「先輩はこの近くにお勤めで?」「いやだいぶ離れておりますが、あなたは?」
「大坂です~、最終の新幹線で帰るつもりですわ」「そりゃまた遠い!」てな具合で・・・

「ふくべ」の売りは何といっても、全国の銘酒を取り揃えていることでしょう。
もちろん肴も遜色ありません。

酒場(3)

この日は大好物の〆鯖と、お薦めのはんぺんで「樽平」をちびちび。
ヒノキ一枚板のカウンターは、80年にわたる酔客の肘で磨かれたのか、
不思議な艶を湛えていました。
神田、上野で呑んだ後は、たいがい浅草の「神谷バー」を目指します。

酒場(4)

酒場(5)

ここは、明るいうちからシルバーな方々が飲んでおりまして、
たいがい相席になるものですから、知らない人同士で会話が弾むようになるのです。
おかげで思わず酒が進んでしまうことも度々で、お店にしてやられたような気分にもなるのであります。

酒場(6)

飲み物は当然「電気ブラン」に決めております。
この電気ブラン、なんでもブランデー、ジン、ワインなどを配合した酒だといわれてますが、
その内容の詳細と作り方は未だに謎とされているそうで。

銀座といえば、現役の頃は週一で通ったバーがあります。
文芸春秋社脇の露地にある歴史的なバー「ルパン」。

酒場(7)

鉄の扉を押して、狭い階段を降りると、

酒場(8)

そこには太宰が、安吾が、織田作らが文学論を闘わせていた、良き時代の空間が現れます。

酒場(9)

マスターとたあいもない話をしながら、安いバーボンを舐めます。

太宰

時には太宰が座っていたあたりに腰掛けて、前髪を掬うポーズを真似るつもりが、
薄毛に気付いて苦笑いする私だったり・・・

そうこうするうちに、今までの日本酒とバーボンが合体して、朦朧の域に入ってしまうのです。

というわけで三軒もお付き合いいただき、まことに・・・
あれ?誰もご一緒してくれなかったようですが、
もっと綺麗で高級なお店が良かったですか?

フン!だ。


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呑み処「南亭」 2021年10月15日 酒肴 トラックバック:0コメント:19

南亭五珍。 

南亭五珍などと気取ったタイトルにしてしまったが、
なに、あいかわらずてきとーな場当たり的料理である。

まずひと品目は「酢豚」。 
酢豚といっても、中華料理で定番の「スブタ」ではない。
チャーシューを刻んで、ネギと酢醤油をかけただけのシンプルなもので、
博多の屋台ではごく普通に出されるつまみである。 

これだけで焼酎を呑む客も多く、博多出張の折はこれで何杯かやったあと、
濃厚な豚骨ラーメンで〆るのが楽しみだった。

五珍A

南亭でも自家製のチャーシューを柵に切って、 
酢醤油とラー油をかけ、万能ネギを散らす。
これこれ、この味! 

五珍B

次はメンタイ貝割れ。 
明太子、貝割れ大根、竹輪をマヨネーズで和えただけ。
これも中洲で覚えたものだ。
いやはや、すっかり博多気分タイね。 

五珍C

まだまだ終わらんバイ。
毎度おなじみニンニクチリメン。 
チリメンジャコをニンニクと大葉で炒めた「おかづまみ」だ。

五珍D

梅エノキは酒を振って熱したエノキ茸を、
梅肉と削り節で和えた、お口さっぱりのひと品。

五珍E

最後は蕪の即席漬け。 
昆布茶と、ふじっこの塩昆布でよく揉んだ旨味たっぷりの漬物である。

五珍F

 久しぶりに心地よく酔ったぞ。 
ノンアルコールビールだが。。。 

 「京都から博多まで、あなたを追って~♪ 
ときたもんだ!

想い出の 2021年10月13日 雑話 トラックバック:0コメント:19

チンチン電車。

路面電車のことです。普通、市電とか都電の名で親しまれていますが。
一時は全国70以上の都市にそのチンチン電車が走っていました。
しかし車社会の到来とともに、交通渋滞の原因として次々に廃線となり、
今は四分の一以下になってしまったようですが、
私はそのチンチン電車とともに育ってきたような気がしています。

5歳くらいまでは京都に住んでいたのですが、
その住まいというのが京都市電の「烏丸車庫前」の近くだと、後から祖母に聞いたことがあります。

市電A
ILLUSTRATED BY NANTEI

京都市電には何度か乗ったことを覚えています。
やがて宝塚市に移り小学校4年の時、富山県高岡市に越してきたのですが、ここにも市電が走っていました。
まだ荷馬車が行き来してバスは木炭で動いていた時代です。
高校への登校はこの市電を使っていました。下校は同級生たちと寄り道しながら歩いて帰りましたが。

またお隣の県、石川の金沢には叔母がおり、春休み夏休みにはよく遊びに行ったものですが、
ここにも市電があって、その一路線は今や観光の目玉となった「東茶屋」の傍を通っていました。
東茶屋に差し掛かる手前が浅野川で当時はそのたもとに、
「長生殿」や「千歳」で名高い伝統菓子の『森八』があり、表に面して喫茶室が設けられていました。

ここで叔母からジュースなどをご馳走になっていたのですが、
目の前を市電が通る度、グラスがカタカタカタと小刻みに震えていたのを思い出します。

やがて東京に就職しまして、その東京では都電が縦横に走っていたものです。
就職してから酒を覚えた私は、新宿のゴールデン街などで飲み歩くようになり、
酔っては角筈から都電で中野坂上のアパートへ帰っていたものです。

その都電も昭和47年には荒川線を残して全て廃線になりました。
次いで転勤となった名古屋、ここも市電が走っておりまして通勤の足となっていたのです。
そのうち地下鉄が開通して昭和49年、やはり全線廃止。
名古屋市電が廃線になる前に私は東京本社に戻されたのですが、以後チンチン電車との逢引きは絶えてしまいました。

市電B
ILLUSTRATED BY NANTEI

チンチン電車というのは、人臭いところがあります。
体を左右に揺らしながらやってきて、「どっこいしょ」と停車場に停まり、
「しょうがない、また走るか」ガタン、ガタン、ガタタン。。。まるでおっさんのようでした。

また、チンチン電車は雷に弱かったのですね。今はどうか判りませんが。
大きな落雷が続くとパンタグラフを降ろし、雷が去るまでじーっとその場で動かなくなることが多かったようです。
雷雨の夜、街の真ん中でうずくまっている路面電車。なんともペーソス漂う光景でした。
こうして書いていると、無性にチンチン電車に乗りたくなりました。

そうだ、コロナが収まったら都電「荒川線」に揺られてみよう!


呑み処「南亭」 2021年10月06日 酒肴 トラックバック:0コメント:43

大豆で呑みませう。

今さら遅いのですが、最近の説によりますと、
癌の予防には大豆が良いと書いてありました。

もしかして転移なら防げるかもしれないと、大豆製品を多く食べることにしたのです。
大豆といえば先ず納豆ですね。
これは毎朝食べているので、お酒のお伴として遠慮いただきましょう。

で、先ずは大豆を煮てみますか。
昆布と一緒の煮豆にしたかったのですが、乾燥大豆を使ったのが間違いで、
茹でて灰汁を取り再び昆布と煮るとか、手間を食った挙句は大失敗!

今度は水煮大豆を買ってリベンジです。
細かく切った昆布を水、つゆの素、砂糖で煮てから大豆を加えて、
豆に味が沁みるまで弱火で煮込みます。

大豆A

やっと、思ったとおりの昆布豆になりました。
おからも、大豆製品ですよ。
人参、シイタケ、青ネギ、竹輪、油揚げ、ヒジキなどと、おからの炒め煮です。

大豆B

次いで油揚げ。
フライパンで乾煎りしたのを、ネギと醤油で頂きます。
簡単ですが、これが美味しいんですよ。

さて、大豆製品の大物といえば豆腐ですね。
夏は冷奴、冬は湯豆腐、あるいは麻婆豆腐や揚げ豆腐。
色んな食べ方がありますが、南亭では味噌漬けを味わってもらいましょう。

豆腐は木綿、絹ごし、いずれでもいいでしょう。
よく水けを切ったら、たっぷりの味噌を味醂で溶いて豆腐の裏表に万遍なく塗ります。
これをキッチンペーパー(二重)でくるみ、

大豆1

大豆2

さらにサランラップで巻いて冷蔵庫で三日間寝かせたのが、これ。
味噌を木ベラなどで丁寧に拭ったら、薄切りにして召し上がれ。

大豆C

まるで和風チーズのような食感とお味です。

大豆ばかりじゃなんですから、浅利の酒蒸しも作りましょうか。
浅利から出る汁は塩気が強いですから、
貝の蓋が開く頃を見計らって、汁を半分ほど捨てましょう。

大豆D

そうしたら水と、醤油・味醂少々を加えて浅利の口が九割がた開くまで加熱します。
あ、南亭では三つ葉とエノキも入れてますが。
なんか、やっとお酒のお伴が出来たという感じですね。

大豆E

しかし、これだけ医学の進歩が喧伝されているにもかかわらず、
癌を撲滅する医療は遅々として進まないのが不思議です。


テーマ:雑学・情報 - ジャンル:学問・文化・芸術

517号室より 2021年10月04日 ガン トラックバック:0コメント:26

こぼれ話。

2015年、千葉大学附属病院の外来棟の新築は大きな話題を呼んだようです。
それまでの大病院が持っていた陰気なイメージから、明るくハイセンスな内装に替えたので、
さっそく医療関係の映画やドラマのロケ地として使われるようになりました。

「白い巨塔」「ドラゴン桜」「TOKYO MER」。
残念ながら観たことのないドラマばかりですが、
あの「ドクターX」の舞台にもなったそうで、俄然嬉しくなりました。

X-A.jpg

この写真は大学病院の一階、外来受付フロアです。

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ここに撮影機材が持ち込まれて、

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教授回診?のリハーサルが行われたりして、

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やがて、このような本番撮影に入るらしいのですが、
米倉涼子や、野村萬斎、遠藤憲一、勝村政信、西田敏行、
岸部一徳たちが闊歩し、また飛び跳ねたフロア。

思わずエキストラの一人に紛れ込んだつもりになる、
ミーハー爺さんでした。
これは、看護師さんたちの会話の盗み聞きで知ったことです。



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