雑詠 2018年01月27日 俳写 トラックバック:0コメント:22

三寒四温。

毎月ぎりぎりの俳写投稿でしたが、今年は心を入れ替えて少しでも早くと神仏に誓いまして、
なんとかこうして27日、27日ですよ!投稿できたのも心がけの問題だとつくづく思ったものです。
ん?たった四日ほど早いだけじゃんという声も聞こえましたが・・・

今回は秋の詠みも入ってます。
ビール冷えてます。

5-1118X.jpg



3-0129.jpg



5-0131F.jpg



3-0121.jpg



8-0118.jpg



スポンサーサイト

テーマ:俳句 - ジャンル:小説・文学

あけまして 2018年01月03日 俳写 トラックバック:0コメント:44

おめでとうございます。

8-0101[1]

今年は戌年。
戌年の言い伝えには、「食べ物に困らない」「道に迷わない」などがあります。
食べ物に困らない。これ一番ですね。

我が家も柴犬と同居していたことがあります。
たいへん食い意地のはった犬で、特に肉の匂いがすると半狂乱になっていました。
誰が来ても吠えないのが、ウォー、ワン!ウォー、ワン!と喚くのです。

それが次第にゴー、ギャン!と聞こえるような悲鳴になり、
「ゴーギャンと言ってるよ、ゴッホも覚えさせてテレビに出そう。
XXちゃん、好きな絵描きの名前を言ってごらん。なーんてね。」

犬馬鹿丸出しの話をしてしていたものですが、
ゴッホを覚えきらないうちにお星さまとなってしまいました。

生き物と一緒に暮した方は、この手の話に事欠きませんね。
ともあれ、食べ物に困らない年になってほしいものですが。

というわけで、今年も居酒屋「南亭」をよろしくお願いいたします。



テーマ:俳句 - ジャンル:小説・文学

12月を詠む 2017年12月26日 俳写 トラックバック:0コメント:22

ひよどり。

今年最後の俳句写真になりました。
毎月、ぎりぎりにならないと作れない怠惰な私ですが、年末はたぶん早いうちから酩酊している筈。
その前にと慌てて投稿したものです。

3-1207D[1]

石叩きは鶺鴒の別名。尾を上下させる仕草が、地面の小石を叩いているように見えるからだそうです。

7-0227B[1]



2-1220F[1]

鶫の鳴き声はなかなか聞くことが出来ません。「口を噤む鳥」から「つぐみ」と名づけられたという説があります。

7-1224[1]


ここで挙げた鳥たち、歳時記では秋に分類されています。
しかし、私の周りではすっかり裸木になった公園や、枯葉の道を走り回る鶺鴒。
また寒椿の蜜を吸いにくる番の目白、小春日の空き地でぼんやりしている鶫など。
私の目にはすべて冬の鳥としか思えないのです。

歳時記の方が正しいのかもしれませんが、例えば北海道の桜は5月。
つまり季節でいえば初夏に咲くところもあるわけですし、野菜の収穫も所によって二ヶ月は、ずれることもあります。
何処が季節の基準になっているのか、未熟な私には戸惑うばかりです。

そんな時、ある俳句の先生がこんなことを書いてました。

歳時記は教典でも六法全書でもありません。
われわれの作句を縛るためではなく、われわれが良い句を作る便のためにあります。
歳時記にある言葉がすべて季語としての機能を充分に果すと保証されているわけではありません。
逆に、手元の歳時記にないから季語でないと決めつけることもできません。
作者一人ひとりが季語について自分なりの見識を持つべきですし、自分の語感を当てにすべきです。


なんとなく、安心しましたが、
「自分なりの見識」、これが私にとって大問題であります。


テーマ:俳句 - ジャンル:小説・文学

霜月詠 2017年11月30日 俳写 トラックバック:0コメント:24

ぼじょれぬうぼう。

明日から師走となるわけですが、まとこに「行員矢の如し」・・・違った「光陰」ですかね。

丁度去年の今頃は肺炎を患っての入院中でした。
今でこそ「点滴三昧の毎日だった」なんて笑ってられますが、一時は病室からの景色もこの世の見納めかと思っていたのです。
おかげさまで再発の怖れもなく、なんとか11月の写真俳句を揚げることができました。

1-1126[1]



5-0916D[1]

樋口一葉が亡くなったのは、明治29年11月23日。

7-1025Z[1]



3-0527H[1]

暗闇でそれぞれが持ち寄った材料を鍋に投じて食べるのを、闇汁会と言います。
箸ですくい上げたものが、何であるか判らないという薄気味悪さ。

5-1201K[1]

ボジョレヌーボー、最近では初冬の季語として一部の俳人が扱い始めたようです。
ハロウィンも秋の季語として定着してきましたから、驚くことはないのですが、
果たしてボジョレヌーボーが季語になり得るかどうかを考えますと、ハテナ?というしかありません。

一時は社会現象としてマスメディアも大々的に取り上げていましたが、
近年はボジョレヌーボーの人気も下火になってきたそうで、それもそうでしょう。
ワインが日常的でもない日本人に、本当のワイン文化が根付くとは考えれませんから。
そうなると歳時記に残ることも無いのではないかと思われるのです。

しかし、バレンタイン、ハロウィン、イースター、はたまたボジョレヌーボー。
日本人はどうしてこうほいほいとカタカナ文化に飛びつくのでしょうね。
偏屈な老人には少々腹立たしいことでありますが、日本人が宗教的に「無節操」である一方で、
他者の信仰に対して「寛容」という国民性も否めません。

ま、「排除」の対極にあることは確かですね。


テーマ:俳句 - ジャンル:小説・文学

10月を詠む。 2017年10月31日 俳写 トラックバック:0コメント:32

秋思。

今日で十月も終わります。
昨日は木枯らし一号が吹き荒れまして、街ではマフラーをした勤め人や、
慌てて冬のコートを引っ張り出したようなご婦人の姿が目立ちました。

十一月に入りますと歳時記では、はや冬ということになります。
暦の上でも七日が立冬ですからね。
今年は秋日和を楽しめないまま、冬篭りになりそうです。

71030A.jpg

脅し銃、いわゆる鳥脅しです。実った稲に雀が群がって稲穂を食い荒らすのを防ぐため、
田んぼに大きな音の鳴る筒を仕掛けています。
九月の初めに稲がたわわに実った谷津田に行きましたが、その脅し銃がだらしないのですね。

雀たちが散々稲穂をついばんだ頃、思い出したようにドカーン!と一喝するのですが、
一旦逃げ散った雀は手の内を見透かしたように、数分後には網のように降ってくるのです。

71030B.jpg




71030C.jpg




71030D.jpg




71031F.jpg



テーマ:俳句 - ジャンル:小説・文学

 » »