里山から 2018年06月01日 里山 トラックバック:0コメント:20

初夏の恵み。

もう、お馴染みになったと思うが、農園の近くにある谷津田。
筍狩りに訪れたのは、ひと月前のことだった。

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その時は雑草も膝に届かないほどだったのが、

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ご覧の通り「カゼクサ」だろうか、イネ科の草が背丈を超すまで伸びていて、掻き分けなければ進めない。

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この草叢を抜けると、ハチクの林が見えてくる。
ハチクは破竹と書かれることが多く、「破竹の勢い」という比喩で知られているようだが、
これはタケノコ一般の生態を借りた言葉である。

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ハチクの本来は「淡竹」と書くのが正しい。
一般に膾炙しているタケノコは真竹、孟宗竹の若芽であり、
ハチクは直径が10センチ以下の竹に出来る細い竹の子である。
根元まで柔らかく、灰汁も少ないので一般的なタケノコより好みという人も少なくない。

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まだ時期が早いかと思いながら竹林に入ると、至るところ淡竹の子供が顔を出している。
淡竹は掘るというより切り取るといった表現が適している。

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荒っぽい話が、靴の先で蹴飛ばして折ることもある。
今回は正しく、包丁で根元から切って収穫する。

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あっという間に転がった十数本。

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谷津田の恵みはこれにとどまらない。
帰る途中に桑の大木が、いい姿で待っているのだ。

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鈴なりの実はすでにふっくらと熟れている。
相方さんは夢中で摘み始めた。私は大きめの実を口に含む。
鄙びた甘酸っぱさが口中に広がる。

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小袋一杯の桑の実は、グラニュー糖とともに煮詰めてジャムにするのだ。
桑の実ジャム、マルベリー・ジャムと呼ばれている。
ブルーベリー・ジャムより美味しいと思う。
なにより無料というのがありがたい。

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当面使うジャムは小瓶に詰め、残りはジプロップで冷凍しておく。
私の好みはヨーグルトに混ぜること。
ささやかだが、至福の時である。



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合図は 2018年04月19日 里山 トラックバック:0コメント:24

山椒。

庭の山椒が茂ってくると、筍が頭を出す合図だということを知りました。
古の人はとうに判っていたのでしょう、その上で筍ご飯などに山椒の葉っぱを乗せるなど、
よくぞ粋なことを考えたものだと、感心してしまいます。

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合図とあれば、さっそく里山へ行ってみなければ。

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おなじみ多部田の谷津田。見渡す限りの新緑です。

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竹林に入りましょう。竹林は年々変化しているようです。
昨年採り忘れの竹が竹林の縄張りを広げ、老いた竹は根元から枯れて何本も横倒しになっていました。

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昨年は竹の裏年といわれ、全国的に筍の収穫量が少なかったようですが今年はどうなんでしょう。
思っていた途端、目の前に筍の頭が・・・

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そこにも・・・

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また、あそこにも。

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昨年の反動でしょうか、物凄い勢いです。
見る間に数本!ヤッホー!!
この日はまたたく間に10本掘りました。

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竹林の前に自生するセリも摘みませう。

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筍の重い袋を背負って、中座敷と呼んでいる橋の上で一休みです。

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相変わらずのお結びと茹で卵。
みなさまには飽き飽きしたでしょう。すみませんね。

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用水には水澄ましがスイスイ。
あちこちから蛙や、鶯の声が聞こえます。命に充ちた里山のさざめきに身も心もゆだねましょう。

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帰ってからがまた大仕事です。
皮を剥いて持ち帰った筍を、染色用の大鍋で糠を加えてことこと煮ます。

冷ましたら娘のところ、また義兄や友人のところへ宅急便で発送します。
残ったのは、といっても大きなタッパー2個分ありますので、
手を替え品を替えしながら、筍料理を作るという日々が待っているのでございます。


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里山から 2017年05月18日 里山 トラックバック:0コメント:24

やはり裏年。

雨の翌日、いつもの谷津田にやってきた。
未練がましく筍を探すためである。雨後の筍というではないか!

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用水の土手はすっかり草で覆われ、イネ科のものは既に腰の辺りまで伸びてきた。

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雑木林のところどころで山藤が滝になっている。

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竹林に入る。だが筍の姿は全く見えない。
五月に入っても筍は採れていたのだ。いつもの年は。
しかも採り逃がした筍が何本も、若竹に育っていたものである。
その若竹すら少ないということは、みなさんが言うようにやはり「裏年」なんだろう。

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手ぶらで帰る南亭ではない。
竹林の周りに自生するセリを採る。採る。

ついで畑に寄る。
紅花絹さやが盛りを迎えている頃だ。

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毎年のことだが、鈴なりの豆、豆、豆・・・!

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採り忘れのないように摘むのがまた一仕事で、
葉っぱの茂りを掻き分け掻き分け、奥に隠れている莢豆を見つけてゆくわけだが、
豆も葉っぱも同じ緑色なので、視力が弱くなった南亭には結講しんどい作業である。
見落とした豆はあっという間に太って、固くなるのだ。

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ともあれ、見えるだけの絹さやを採ってきた。

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もちろん、セリも意地汚く。。。

しばらくは、絹さや豆が主食になりそうだ。


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里山から 2017年04月27日 里山 トラックバック:0コメント:32

りべんじ。

あれから一週間、再び谷津田へ踏み入る。

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今度たけのこが収穫できなかったら、かつて無かったほどの裏年かと思う。

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竹林は前回よりも随分黄ばむ、というより赤っぽくなってきたようだ。
やはり、先週は早かったのかも知れない。

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足が急く。

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早くも良い形の筍に遭遇。
ただし、周りは既に掘られた形跡がいくつも。

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それでも数本の収穫があれば、僥倖というものだろう。

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セリも目立って伸びてきた。
桜の開花が遅かったことといい、今年は何もかもが一週間ほど、ずれていたのかも知れない。

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今宵は筍料理と、セリのお浸しが楽しみ。





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里山から 2017年04月20日 里山 トラックバック:0コメント:14

山椒とたけのこ。

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庭の山椒の若葉が育ってくると、決まって谷津田の筍が顔を出すようだ。
こうした両者の関係は数年前にやっと判ったことである。
その山椒が今年も瑞々しい若葉を広げ始めた。

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これはじっとしているわけにはいかない。
さっそく多部田の谷津田に分け入ったのである。
長い読者にはうんざりするほど見飽きた風景かと思うが、我慢してお付き合い頂きたい。

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谷津田の奥へ行くにしたがって、筍の時期には見慣れない光景が目についた。
それは谷津田を縁取る林の中に、まるで道しるべのように咲いている山桜。

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そういえば桜の開花が遅かった今年。
桜を眺めながらの筍狩も、初めての経験である。

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桜の咲くあたりから竹林が始まる。
竹の葉が黄ばんで見えるのは、地中の筍を育てるため。
ほかの草木の秋のありさまに似ているので、《竹の秋》と呼んでいる。

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筍を探してみるが、なかなか見つからないのは、
まだ時期が早かったのか、もしくは既に掘られてしまったのか定かではない。

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(2016年、4月撮影)
毎年苦労せずに、これぐらいは持って帰れたのだが。

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やっと一本、たぶん先人が見逃したらしい筍を見つけた。
これは連れ合いが招待した嫂に譲る。
どうやら来週あたりからが、筍の盛りかもしれない。

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細い用水には菖蒲が伸び始めている。

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土手は土筆、

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カンゾウ、セリ、ところによって蓬が集合していたり。
筍が不漁でも、食料となる野草には事欠かないのである。

とはいっても、筍を持たずに帰るむなしさよ・・・





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