十七文字の風景(2) 2018年02月16日 俳句 トラックバック:0コメント:16

ラッセル。

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少年時代を過ごした北陸富山も、豪雪地帯として知られています。
雪の質は非常に重く、30センチ積もると家中の敷居が滑らなくなるほどでした。
積もるたびに降ろした雪は家の前うしろを塞いで、部屋に入ってくる光も遮ります。

青年団の男衆が週に一回、道路端の雪を二百メートルほど離れた川へ捨てにいってくれますが、
とても追いつくものではありません。
雪の壁のような細い道路を、買い物に出たり銭湯へ通ったりの長い冬が続くのです。

当時住んでいたところは町の際で、そこからは田畑の広がる農村地帯でした。
小学校、中学校はその田畑の中を歩いて20分。
冬になると雪に覆われて、まさに一面の雪野原といった光景になります。

冬は町内の子供たちがまとまって登校します。
一晩で積もった新雪は深く、誰かが道を作らなければ小さな子供は学校へ辿りつけません。
中学上級生が先頭に立って、雪野原をラッセルします。

その後を十四五人の子供たちもラッセルしながらついてゆくのですが、
初めて雪の登校を経験する小学一年生は、足取りもおぼつかなく必死で後を追ってきます。
半べその子もいれば、やんちゃなのは雪に隠れた細い用水にはまったりして、
先導の上級生には気が抜けない登校なのでした。

半べその子も何年か経つと、ラッセルの先頭にいたりするわけで、
雪国の子供はこうして「オトナ」になってゆくのです。



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十七文字の風景(1) 2018年02月06日 俳句 トラックバック:0コメント:22

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セコ蟹はせいこ蟹、また金沢では香箱蟹とも呼ばれている「ずわい蟹」の雌です。
雄のずわい蟹に比べると半分にも満たない大きさなので、
表日本へ出荷されることは殆どなく、たいがいは水揚げした地元で消費されていました。

富山に住んでいたころは、近辺でただ一軒の八百屋兼雑貨屋でも、
冬になるとそのセコ蟹が店頭に並べられていました。
一笊に四・五はい盛ったのが、たしか当時の値段で二百円前後だった気がします。

今の価格でいうと千五百円ぐらいでしょう、そうすると一ぱい二・三百円ですか。
ともかく現在では信じられない値段で、雌とはいえ「ずわい蟹」を堪能できたわけです。
関東に住んでからは、当然ですがセコ蟹を見たことがなく、
目の玉が飛び出るような高いずわいを横目で眺めるばかりでした。

年に二三度、金沢の叔母を見舞う機会をこれ幸いと、
近江町市場でセコ蟹を求めるのがなによりの楽しみでしたが、
その叔母も亡くなって、セコ蟹は幻の味になってしまいました。

しかし近年になって、セコ蟹がこの辺りでも目に付き始めました。
もともとセコ蟹は金沢の料理屋などで、旅行客には人気の珍味だったのですが、
いつしか東京の料亭あたりで供されるようになったのでしょう、
その後一般市場でも扱われるようになり、セコ蟹の美味しさが徐々に認知されてきたようです。

セコ蟹のどこが美味しいかって、産卵期のお腹にある外子のぷちぷち感と、赤い内子の深い味わい。
そして濃厚な味噌は、どんな食通も黙らせるに違いないと思うのです。
脚は細いのにみっしりと身が詰まっていて、その上質な甘さは雄と比べものになりません。

セコ蟹の漁獲期は11月初旬から12月いっぱいの、わずか二ヶ月。
こうして書いていると、旬を逃した悔しさで身悶える思いです。


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・・・・は 2017年11月16日 俳句 トラックバック:0コメント:26

名工。

秋の蜘蛛

狭庭に十匹以上の蜘蛛が、大きな巣を張っている。
いかに手入れをしてない庭かと思われるだろう。

その通りで日当たりの悪い庭は、なかなか花を咲かせる草木が育たず、
栃の木や月桂樹といった高木と椿、梅、百日紅などの中木ばかりだから、
剪定しないと、鬱陶しいだけの庭になるのだ。

そんな所だから樹木の間、または樹木から雨どいの間にと蜘蛛が糸を張り易いのだろう。
いつしか狭庭は蜘蛛の巣だらけになってしまった。
だが、我が家では蜘蛛に害を加えてはいけないという、不文律がある。
害虫を食べてくれる「益虫」、または蜘蛛を殺すと罰があたるという説を信じているからである。

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こうして縦横無尽に糸を張った蜘蛛の巣。
普段はそう気にならないが、秋の日差しが斜めに差し掛かると、
それらの住まいが、黄金色に輝いてくっきりと浮かび上がるのである。

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なんと精緻な造型だろうか!まさに優れた建築家にして名工の仕事と言うしかない。
蟻や蜂、ある種の河豚もそうだが、小さな生き物たちが作る巣は驚異的である。
しかも本能のままに造り上げるのだから、自然というのはなんと玄妙なものか!

そんな蜘蛛の巣も、月日を経るにつれて綻びが目立つようになる。
そして台風や木枯らしのたびに、精緻な住まいは二戸三戸と跡形もなく吹き飛ばされ、
辛うじて残った者はまるでボロ屋に縋るごとく、二三本の糸に身を託して踏ん張っている。

殆どがジョロウグモと言われる大型の蜘蛛である。
これから先、虫が苦手な方はご覧にならないほうがいいだろう。

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ジョロウグモは雌のほうが断然に大きい。
体長は三センチから四センチ、雄はその五分の一に満たない。
繁殖期には一匹の雌に何匹もの小さな雄が集まってくる。
争いに負けた雄は巣の端っこで死を待ち、幸運な配偶者も冬を待たずに命を閉じる。
雌の中には越冬するものいるそうだが、寒中に彼女らの姿を見たことはない。


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晩秋。 2017年10月21日 俳句 トラックバック:0コメント:26

烏瓜。

別れた母さん日傘(ひがらかさ)
物言うて下され日傘
お背戸に風吹く篠藪は
鳥に喰われた烏瓜


母がよくさしていた日傘が、用に立たなくなって物置に捨て置かれてある。
それを見ながら、何かわけがあって里へ帰ってしまった母を慕っている子供の心理を写した、
哀切きわまりない野口雨情の名作童謡であるが、雨情は、
この「烏瓜」という言葉に「すひかづら」と振仮名をしたのが批判された。

雨情としては、「からすに喰われた」と続けてきて、「からす瓜」とやっては、付き過ぎるので、
「すいかづら」という適当な名前を持ってきたのであるが、
「烏瓜」にそういう異名はなく、「すいかづら」という名の植物が別にあったのがまずかった。

しかし、ここの情景は、枯れた晩秋の篠藪の中に赤く熟した「烏瓜」が一番効果的で、
これは取り換えることはできない。

戦後に出た「方言辞典」を見ると、九州の一画で「烏瓜」をヒメゴウリと言うとのこと。
雨情が知っていたら、「鳥に喰われたひめご瓜」としたのではなかろうか。


(金田一晴彦「ことばの歳時記」)より

烏瓜はウリ科の多年草である。果実は秋も深くなって熟すから、
枯れ始めた蔓から垂れ下がっている光景は印象深い。
実、種、そして根も漢方の薬用として使われる。


農園を囲む林では今ごろ木々の間から、赤い卵のような烏瓜がいくつもぶら下がっているのが見える。
烏瓜が色づくと、畑の緑が少なくなり土の茶色が目立ってくる。

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毎年、その年の烏瓜を一本切ってきて、居間の壁に飾っている。
半年も飾っていると枯れてくるが、その枯れもまた捨てがたい趣があるわけで。

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お金のかからないGOODインテリアである。



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富田 2017年10月10日 俳句 トラックバック:0コメント:22

コスモス街道。

千葉市の外れに、広大な実験農場と酪農牧場が隣接した富田という地区がある。
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いつの頃かその一画がコスモス街道と呼ばれるようになった。
夏野菜を収穫し終えた農場にいっぱいのコスモスを咲かせていたからである。

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毎年十月初旬には「コスモス祭り」が開催されるようになり、多くの市民が訪れる。
今年は黄花コスモスを中心にした「コスモス祭り」。

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富田の大半が赤味がかったゴールドに染まる。

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しかしコスモスは薄桃色か白色が、秋桜という言葉にお似合いだと思う。

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下総に山はなかりし秋桜 (南)

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コスモスに隠れませうと三姉妹 (南)

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ふなっしーがコスモス畑から出でし (南)

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コスモスにすっかりそっぽを向かれたる (南)


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