白銀週間 2016年09月22日 紀行 トラックバック:0コメント:24

ふらり大磯。

18日、22日と飛び飛びに祝日がある今週を、シルバーウィークと呼ぶそうだ。
一年中日曜日のような私には、何の祝日かさっぱり判らなかったが、
どうやら「敬老の日」と「秋分の日」が続く週らしく、
それで春の「ゴールデンウィーク」に対して「シルバー」と付けたのだろうか。

あいにくシルバーウィークの日本列島は大型台風と秋雨前線の影響で、ほぼ一週間、雨の多い天気だという。
秋の行楽を楽しみにしていた方々には、気の毒なことである。

一日中日曜日の私と言ったが、やはり一週間も家でくすぶっているのはたまらない。
比較的雨が少ないだろうというある日、大磯を散策することにした。
小さな町だし何度も歩いたところだから今更とは思うが、雨の「鴫立庵」も悪くないと思ったのである。

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大磯駅から国道に出ると、向かい側に茅葺屋根が見える。
西行法師がこのあたりの海岸を吟遊して
こころなき身にもあはれは知られけり鴫立沢の秋の夕暮
という名歌を残したことはよく知られているが、その歌と西行を記念するために、
寛文年間、小田原の崇雪という僧がこの地に草庵を結び「鴫立庵」と名付けて今日に至っている。

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敷地内には多くの歌碑や句碑が立っていて、中でも目を引くのは芭蕉の句碑である。
西行法師を慕っていた芭蕉は、ここを訪れて次のような句を詠んだ。

はこねこす人もあるらしけさの雪

みのむしの音を聞に来よ草の庵


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鴫立庵を出て平塚方向に歩く。大磯は駅周辺と国道沿いにぽつぽつと商店が並ぶ静かな町である。
だがそれらの店は100年の歴史を持つ老舗が多い。

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「井上蒲鉾店」は明治11年創業。《いしもち》を使ったはんぺんは絶品である。
すぐ近くには明治38年創業の豆腐屋「まかべ」。
伊藤博文はじめ政財界の大物たちも、好んでまかべの豆腐を買いに来たという。

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その向かい側には西行饅頭で名高い「杵新(明治40年)」が、当時の佇まいのまま営業している。

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それらに比べて少し新しいが昭和3年からという鰻の「國よし」。
鰻重が6000円か・・・ぶつぶつ言いながら通り過ぎる。

少し離れて駅の近くには創業百年という、格式のある料亭「松月」。
明治の元老の別邸をそのまま使った懐石の「翠渓荘」があるかと思えば、粋な造りの鳥料理「杉本」などなど。
人口三万人の小さな町にしては、敷居の高そうな料理屋が多いのも別邸で栄えた大磯らしい。

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更に平塚寄りへ歩くと、大磯で最も古い(明治3年)旅館「大内館」が見えてくる。
この敷地内に旅館の蔵を改装したカフェがある。その名も「蔵にて」。
大磯で飲食しようと思えば、珈琲が精一杯の私である。

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2年前にも入ったが、太い梁そのままの高い天井が心地良い。

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カップ&ソーサーの棚も、見事なインテリアになってる。

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ドトールなら3杯以上飲めるであろう値段の珈琲は、不味かろう筈がない。
と、貧民は思いつつ・・・。

「蔵にて」を出た南亭はケータイを取り出した。娘に連絡するためである。
「えーっと、鴫立庵に来たんだけど。鴫立庵を見たくてね。あくまでもだよ。
で、ちょっと寄っていいかい?なに、少し休ませてもらおうと思ってね。
いやいや、すぐ帰るから何もしなくていい。すぐ帰るから。ほんと。」


で、とどのつまり・・・

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素敵な昼ご飯をご馳走になったのである。
ビーツとモッツアレラのサラダ、牛すね肉のシチューとフランスパン。そしてワイン・・・。
料理は全て作り置きのものだそうだ。


「すぐ帰るから」からが、ワインの酔いも手伝い、
夕方までへらへらしていた南亭であった。

くどいようだが、あくまで鴫立庵を見に来たのである。


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とりあえず 2016年03月26日 紀行 トラックバック:0コメント:36

伊豆へ。
一昨年、東北・北海道を旅して以来、温泉地に行ってないわけですが、
ご当地の千葉は残念なことに、温泉不毛地帯ですから、
近場で行くとしたら那須塩原か山梨の石和、そして伊豆箱根しかありません。

そろそろ温泉に浸かりたいな、とあれこれ考えた末、いちばん行き慣れた伊豆にしようと思ったのです。
一番の希望は「修善寺温泉」でしたが、意外に遠くまた敷居が高そうなので、考えた末に選んだのが熱海でした。
熱海に行った最後が40年前の社員旅行でしたから、ずいぶん昔のことですね。

熱海のイメージはまさに社員旅行か団体の慰安旅行でしょう。
時代は変って社員旅行そのものが減り、もしあっても温泉地には出かけないようです。
なので特に熱海などは客足が遠のいて、廃業する旅館が多いと聞きました。

一方で、非常に手軽な料金で泊まれる旅館やホテルの増えているのが、熱海なのですね。
まわりくどく書きましたが、要するにお安く温泉旅館に泊まれるという案にとびついたわけです。

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廃れたといっても東洋のナポリと謳われた熱海の夜景はまだまだ美しい。
最近では若い人が訪れるようになり、また芸術家たちも移住してきて、少しずつ活気が戻ってきたといいますが、
熱海での話はこれまでにして・・・。

伊豆に来たからには、やはり。
大磯に立ち寄らなければウソですよね。
本当はそれが最もの目的だったりして・・・アハハハ。
ま、今年は桃の節句に行けなかったこともあってですがね。

大磯に着くとさっそく、素敵なお店のランチを予約しておいたということ。
娘の奢りだというので、こりゃ雪でも降らないかな、と。ハハハ。

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表通りから入った非常に判り辛いレストランで、言ってみれば隠れ家的な店といっていいでしょう。
場所も判りづらいけど、店名も覚えにくい。「Apicc Rlous」・・・ナヌ???
オーガニックな創作料理が人気で、女性店主が週一開催する料理教室には娘も時々通っているという。

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前菜の七品は全て野菜中心、スープは蕪らしいです。

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メインディッシュは魚、豚肉、鶏肉から選べるということで、スズキのなんちゃらに・・・あはは。

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デザートは抹茶ゼリーのあんみつですかね。

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ともあれ、外食といえば饂飩か蕎麦、あるいはラーメンのジジババには、夢のようなランチでございました。

そしてもう一つ、何よりのおもてなしが、これ!

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今のお気に入りは、キッチン遊びだそうです。

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珠姫、まもなく二歳。

骨休めというより、何かと忙しいここ一週間でしたが、
珠姫のおかげで腰の痛みが治ったような、そんな爺バカであります。



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南亭的紀行的話(五) 2015年04月25日 紀行 トラックバック:0コメント:26

台湾八景的淡水。
八景に上げられている所は、近年少々変ってきたそうだ。
若者に人気がある超高層ビル101や、海外からの観光客が集中する故宮などが八景入りしている。

しかし一昔前までは八景といえば、
中正公園、八仙山、日月潭、阿里山、高雄の寿山、鵝鑾鼻、太魯閣峡、そして淡水だったという。
淡水は台北市街を流れる淡水河、その河口の町だ。

「東洋のベニス」とも称されて、その夕陽は台北地区を代表する風景だと聞いた。
旅の最後は、淡水の日没をゆっくり眺めようという話になった。

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淡水の中心街も台湾的な色合いは変わらないが、河口の町らしく魚介類を並べた店が目立つ。
これは市場の食事が楽しみだ。

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水辺に出ると風景は一変する。リゾート地といっていいのかわからないが、
洒落たカフェやレストランが水辺に並ぶ光景は、これまでの台湾のイメージを覆すものだった。
日没までにはまだまだ時間がある。山手にある紅毛城を見学する。

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紅毛城は1626年、スペイン人によって建設された要塞だ。

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正しくはセント・ドミニカ城。後にイギリス領事館となった。

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再び河口に戻ると日はだいぶ傾いてきた。
可愛らしい珈琲館で夕陽を待つ。

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この時間、眺めのいい店でねばっている人々は、殆んどが日没を待っている。

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やがて我々は6時出港の周遊船に乗った。

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水上から見る淡水の町並みは、夕陽に映えて美しい。

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沖に出ると・・・
旅の終わりを飾るにふさわしい、見事な夕陽だった。

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淡水に舟漕ぎ寄せよ蜷(ニナ)食はん
(南)


精読謝謝。




会計係Yさんの細君によれば、四日間の交通費・食事の出費は一日一人頭3000円弱ということだった。
素晴らしい!
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最後に、旅のお膳立てから現地での案内、また交渉ごとに至るまで、Yさん夫妻にはすっかりお世話になった。
この場を借りて、改めて感謝。


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南亭的紀行的話(四) 2015年04月24日 紀行 トラックバック:0コメント:22

台北的美食。
そろそろ美味しい話もしないと・・・。
といっても貧乏旅行なので、有名な飯店で美食三昧というわけにはいかない。
殆んどが市場のキッチュな食べ物中心だから、期待しないで頂きたいが。

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まず台北でいきなり強烈なパンチを食らったのはヘビ料理だった。というのは嘘だが『臭豆腐』を口にした時である。
名前からしてインパクト充分だが、実際はもっと衝撃的なモノだった。
発酵液に漬けた豆腐だというが、『くさや』のほうがよっぽどましだと思うような異臭。

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しかし友人が真っ先に奨めたのがこの『臭豆腐』。「これが食べたくて何度も台湾に来たんだ。」
冗談だろ~。台湾の国民食らしいが、そう言われても箸が進まない。
国民食ね・・・。たしかに、以降どこへ行っても『臭豆腐』の匂いに痛撃されたのだが。

麺は牛スジ湯麺。酸辣湯(サンラータン)に似た酸味に八角の強い香り。
不味いということは無かったが、いきなり台湾食の洗礼を受けて、
覚悟というものが出来たからそれはそれで有難いことだった。

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その覚悟のあとに頼んだ、水餃子にほっとする。

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『士林夜市』では、正体の確かそうな品を選ぶ。

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つぶ貝。

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牡蠣のお焼き。

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沢蟹の丸揚げ・・・いいね!

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河口の町でも魚介料理が中心。

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イイダコ、海鮮ビーフン、チャーハン。

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鮑・・・いずれも嘘のように安い。


そして初めての贅沢、教化北路の名店で小龍包。

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定番の小龍包に、蟹味噌と豚肉の小龍包、野菜小龍包。

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チャーハンと、腸詰め・・・正しい台北美食。

ところで三日間の常宿は、格安パックとあって地震がきたら崩れそうなホテルだった。
どうやらツアーの申し込み順に、市内のホテルが割り当てられるらしい。
私たちはぎりぎりの申し込みだったから、残った場末に押し込まれたようだ。

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プランでは朝食付きだが、粥とご覧の通り十種の台湾的具が毎朝並ぶだけ。
初日は物珍しさもあって、殆んどの具を粥に乗せてみたが、
三日目ともなると流石に飽きがきて、朝市で食べようということになった。

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さっそく昨日紹介した晴光市場に出かける。

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あちこち迷いながら物色した末、牡蠣粥を食べることにした。
濃厚な牡蠣のエキスに充ちた熱々の粥は、まことに「好吃!好吃!(おいしい、おいしい!)」
周りにはあの『臭豆腐』の匂いが充満しているが、慣れというのはおそろしいもので、
三日も居ると、さほど気にならなくなる。人間の適応力は素晴らしい。


(そろそろ旅の終りも近い・・・)


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南亭的紀行的話(参) 2015年04月23日 紀行 トラックバック:0コメント:12

十份的天燈、九份的湯婆婆館。
台北から平渓線で西へ一時間ほど行くと、山間の町『十份』に着く。

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この小さな町を有名にしたのは、毎年2月の元宵節に行われる《天燈節》という行事だ。
願い事を書いたいくつもの天燈が夜空に舞う幻想的な光景は、台湾観光の案内ではお馴染になっている。
今は平常でも観光客の為に天燈を上げてくれるので、人が毎日押し寄せてくるようだ。

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まず線路脇に並ぶお店でビニール製の天燈を買う。
筆で願い事を書いた天燈の火種に火を着けると、空に舞い上がるという仕組みだ。

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線路上に沢山の人が天燈上げを待っている。

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次々と上がる天燈に歓声が湧く。

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私たちも両夫婦で一つの天燈を求め、四つの面に願い事を書いた。点火した天燈は美しく舞い上がった。
たったそれだけのために十份を訪れたのだが、来た甲斐があったようだ。
残念なことには肝心の我らが天燈、口を開けて眺めていたおかげで、写真に残せなかったが・・・

再び十份から鉄道に乗り、北に向かう。
約一時間半で着いたのが歴史ある町『九份』。

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九份は金鉱の町として栄えた。丘陵地に建つ段々状の古い家並みや細い路地、
石の階段などの景観は、訪れる人々の郷愁を誘う。

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その中で最も人の集まるのが、酒楼の建造物。

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ここはアニメ「千と千尋」で湯婆婆湯屋のモデルになったと伝えられている。
たしかに、中から「釜じい」や「顔なし」の声が洩れてくるような・・・

今日は、ここまで・・・


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