昭和日和(其の十六) 2018年01月19日 漫歩 トラックバック:0コメント:26

巣鴨地蔵通商店街。

今年初めての下町散策は、巣鴨を訪れることにした。

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通称「おばあちゃんの銀座」と呼ばれている商店街である。
一度訪れたような気もするし、初めてのような気もする。

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歩いてみるとなるほど、お年寄りの姿と中高年向けの洋装店・小物店が目立つ。
更に目を引くのは真っ赤な肌着を並べた店だった。
今、巣鴨といえばこの赤で全国区になっているようだ。

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赤いものを身につけると「病気除け」「運気上昇」に良いそうで、
近頃では若い人にも注目され始めたと聞いたが、なんと男性も買ってゆくという。

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地蔵通りの中ほどにあるのが「とげぬき地蔵」で有名な高岩寺。
とげぬき地蔵の由来は検索してちょーだい。
本尊は秘仏ということで公開されていない。

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境内の隅には「洗い観音」があって、多くの参拝客がたわしで観音様を洗っている。
この菩薩像に水をかけて、自分の悪い場所を洗うと治るという信仰が続いているそうだ。

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地蔵通りとは、つまるところ高岩寺の参道だったわけで、商店街といっても生活品の商いではなく、
特に食べ物は「巣鴨名物芋羊羹」とか「地蔵煎餅」といった、土産物を売る店が多いのも門前町の特徴だろう。

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約1キロの商店街が尽きるところに「猿田彦神社」という小さな社がある。
猿田彦は旅の神様といわれていて、交通安全、病気平癒、などにご利益があるという。
一般には「庚申さま」の名前で知られている。

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社前には狛犬の代わりに猿が鎮座していた。
狭い境内だけに誰も居ないと、妙な「気」がまつわりついてくるような心地になったものである。

食事はもう決めている。
地蔵通りを散策中に何軒もある食堂も物色した末、
とげ抜き地蔵の近くの、とある店に目星をつけていたのである。

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名前も店構えも気に入った「ときわ食堂」。
やはり人気の食堂らしく、店内は待ち人で一杯だった。
こういう時の一人客というのは有利なもので、あまり待たないうちにカウンター席へ案内された。

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正しい食堂である。メニューが多い。
鯵フライ定食が630円。程よい値段だからこれにするか。
注文を取りにきた店員が「定食の鯵フライは三枚ですが、よろしいですか?」と言う。
「三枚は多いな」「一枚からでも大丈夫ですが」「なら二枚にしてもらおうか」「承知しました」。

なんでもご飯と味噌汁それにお新香が270円だそうで、
それに単品を好きなだけ頼んで定食にするのが常連さんの流儀らしい。
「すると鯵フライ二枚だから510円で・・・」素早く胸算用する。

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混雑もあってだいぶ待たされたが、揚げたての鯵フライは衣がカリカリと、
中はふっくらしていて理想的なフライといっていいだろう。
魚はすべてその日の朝、築地で仕入れてくるようでフライといえども新鮮さが伝わってくる。

女性のグループは刺身やフライでビールを呑んでいたし、おっさんたちも日本酒で上機嫌。
悔しいが昼の酒は瞬時に足腰を取られる上、帰路は長いわけだから我慢する。

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近くに塩大福で有名な店がある。
お土産に四つばかり包んでもらう。

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あまり甘いものを食べない私だが、アップルパイと塩大福は好物である。
そういえば昔、大福で酒を呑むという上司がいた。
気持ちの悪い話だと思っていたが、塩大福だったら辛口の酒でいけるかもしれない。

懐かしさ★★★☆☆ 散策に★★★★☆

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昭和日和(其の十五) 2017年12月06日 漫歩 トラックバック:0コメント:10

京成小岩。

江戸の町から隅田川を越えたら川向こうと言われていた。両国、深川などがそうである。
そこから更に荒川をまたぐと葛飾村で、今でこそ葛飾区として東京23区に数えられているが、
もともとは下総国(現在の千葉県北部)の一部なのであった。

その葛飾区に小岩という大きな街がある。
JR線は小岩、新小岩。京成線には京成小岩と三つの駅を持つ。
七月の暑い盛りにJR小岩駅周辺を散策したことは、記憶に新しいと思うが、今回は京成小岩に降りてみた。

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駅前通は小さな地方都市という感じで、銀行やクリニックもあるごくごく普通の通りだったが、
200メートルほど歩くと、「千代田通り商店街」と書いたゲートにぶつかる。

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先ほどの通りから一転、細長くていかにも下町商店街の趣だ。

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日よけシェードを蜜柑色に統一して造花を飾った、活気ある商店街に見えた。

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ところが、歩くにつれて固くシャッターを閉じた店舗が目立つのである。

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どころか、跡形もなく空き地になった一画の寒々しさ。

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でも、下町のランドマークのような洋装店は健在だ。

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何度か商店街を廻って始めて気がついたのは、衰弱したところでも四つ辻の店に活気があるということだった。
たしかに四つ辻は東西、南北からの往来が交差する場所だから、古来より市が立つ好立地であった。

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商店街も途切れるところ、いかにも下町らしい光景。
小春日和の往来に出て日向ぼっこ・・・・暇そうですね。

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駅の反対側に出る。飲食店の多い路地が一本。

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その中に蕎麦屋を見つけた。お品書きに「中華そば」がある。
蕎麦屋のラーメンはシンプルで飽きのこないスープが魅力だ。

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しかし、蕎麦つゆに後から鶏がらを付け足したようなスープは、基本的にいただけない。
ここの中華そばがファンだという方には申し訳ないが。


懐かしさ★★★☆☆ 散策に★★☆☆☆


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昭和日和(其の十四) 2017年11月11日 漫歩 トラックバック:0コメント:20

亀戸・勝運商店街。

JR亀戸駅北口をまっすぐ行くと、こじんまりした商店街が見えてくる。
勝運商店街、正しくは「亀戸香取勝運商店街」と呼ぶ香取神社の参道商店街である。
寂れた通りだったが数年前「昭和30年代」をテーマにリニューアルしたそうだ。

店舗の殆どを「看板建築」に改装して町興しの目玉とし、
週末は様々なイヴェントを企画するなど、努力の甲斐あって商店街の復活は目覚しいものがあるという。

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商店街の入り口では、さっそく三階建ての看板建築が出迎えてくれた。

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通りは看板建築オンパレードで、さながら朝ドラのセット。

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ちなみに、看板建築とは表面を銅版やモルタルで装飾した家屋である。
大正12年の関東大震災で焼失した商店街が復興する際、火災の延焼を防ぐため考案された。

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酒場までレトロな装い。

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一階店舗は普通の八百屋、普通の雑貨屋。

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せっかくだから、亀戸香取神社を参拝してゆこう。

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スカイツリーが迫る裏通り。

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ここからは藤の名所として知られる「亀戸天神」が近い。
四月の終わり頃から、境内を埋め尽くすように藤の花が咲き始める。

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亀戸天神の隣が二百年の歴史を持つ和菓子の「船橋屋」。葛餅があまりにも有名である。
深川に住んでいた頃は、砂町から横十間川沿いに歩いて買いに来たものだ。

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休憩も兼ねて名代の葛餅に舌鼓を打つ。
酒場しか知らないような南亭だって、人並みに甘いものが欲しくなる時があるんだ!

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もちろん、お土産の一箱も忘れずに・・・。

懐かしさ★★★★☆ 散策に★★★☆☆



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昭和日和(其の十三) 2017年10月29日 漫歩 トラックバック:0コメント:22

平井商店街。

総武線で荒川を渡ったすぐの駅が平井である。
亀戸の隣駅だが一度も降りたことがなく、また住民でなければ用はないだろうという街に見えた。
ただ、関心を持ったのは停車中の車窓から、駅前の一直線な商店街をいつも目にしていたからであった。

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商店街巡りというアホらしいことを始めてから、一度は歩いてみようと思っていたのだが、
暑さが収まった九月末、やっと平井駅に降り立ったのである。
ホームから見下ろした商店街は、随分賑わっているように見えたが、
歩いてみると閑散というわけではないが、あまり活気が感じられない。

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平井駅前商店街の特徴といえば、洋装品店が目立つことだ。
反面、食品を扱う店が少なく、惣菜店も見当たらないのが意外だった。
しかも、遠くからでは判らなかったが、シャッターを下ろした店も少なくない。

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たぶん、商店街の尽き当たり、国道を挟んだ向かい側の巨大なマンション地区に、
ショッピングセンターが出来たことによって、駅前の商店街は少しずつ衰退していったのではないかと思われる。

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駅の反対側に回る。
こちらはさらに人通りの少ない駅前だった。

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寂しい裏通りには、昔からの飲食店が肩を寄せ合うように営業していた。
いじらしくなるような光景。
そういえば腹が減ったな・・・

再び南口へ戻る。
平井駅周辺にはラーメン屋が多いことに気が付いた。
あとで調べてみると、駅から徒歩5分圏になんと20軒近いラーメン店があるという。

殆どがチェーン店か創作ラーメン店である。
おらが町ラーメン保存会」としては許せない状況である。
徒歩5分圏を外れたところに、保存会で推薦したい店を見つけた。

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その名も「ゴロチャン」。

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ラーメン350円!やっほ!
安いなりに顔はやや貧相だが、スープと麺が美味けりゃ文句はない。

懐かしさ★★☆☆☆ 散策に★★☆☆☆

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昭和日和(其の十二) 2017年10月19日 漫歩 トラックバック:0コメント:20

上総牛久。

今回は趣を変えて房総の商店街を訪れた。
房総半島の中央を横断するように走る小湊鉄道。

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沿線には養老渓谷や大多喜城があり、鉄道ファンにも人気のあるローカル線である。
その中ほどにあるのが上総牛久。房総半島の交通の要衝として古くから栄えてきた。

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改札口には牛久の「牛」にちなんだのか、親子の牛の小さな彫刻が飾ってある。

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駅前の商店街は短い。昔からの繁華街は突き当たった街道筋にある。
が、いきなり廃屋が出迎えた。

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街道の店々は九割がた廃業していて、まるで遺跡の街である。

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大きな呉服屋、また京染物屋などを目にすると、改めて在りし日の繁華が偲ばれる。

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まだ細々とでも商いを続けている店がある。
「生きてますか・・・」声をかけたくなる。

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どっしりとした旧家は旅館「大津屋」。
大正11年築という文化財級の建物である。
牛久が大多喜街道の大きな宿場町だったという、その名残りであろう。

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玄関奥に座っていた老婦人に断って、中の写真を一枚撮らせてもらった。

こうして、想像もしなかったような侘しい商店街を散策したのだが、困ったのは昼食である。
食べ物屋といえば、駅前に蕎麦屋と食堂を見かけたが、いずれも店を閉じていて、
街道筋の商店街に至っては、食の匂いのするところは皆無という有様。

もっと驚いたのは行けども行けども、
コンビニが見当たらなかったことである。

コンビニのマーケティングはシビアだから、どのコンビニグループも、
牛久では売り上げが望めないとあって進出を控えたのだろう。
ともあれ乗り換え駅の五井まで空腹を我慢しなければならなかったのは、大誤算である。

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そんな私の腹具合とは無関係に、ローカル線ならではの長閑な風景が過ぎてゆく。

懐かしさ★★★★☆ 散策に★★★☆☆

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