孤独愛好者 2018年02月10日 雑話 トラックバック:0コメント:18

つぐみ。

近くの公園につぐみがやってくるのは、たいがい一月の終りごろです。
必ず一尾で、つがいの姿は見たことがありません。もちろん群れも。
雀をひと回り大きくした体で、どちらかというと地味な鳥です。

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ちょこちょこと三、四歩駆けて暫らく考える振りをします。
ときどき地面の虫や種をついばみ、またちょこちょこと駆ける。
そんな繰り返しの大人しいつぐみ。

そういえばつぐみの声を聴いたことがありません。
一尾のつぐみが動いている空間は、いつも静かで穏やかな光景に見えます。

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ときどきこっちをじっと見ますが、警戒しているのでしょう。
でもよほど近づかなければ、あわてて逃げることはしません。

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また、ちょこちょこ。
そして考える・・・

つぐみは昔、食用として捕獲されていたようです。
今は捕獲禁止になっているようですが無言なのは、
食用にされた頃の記憶がDNAに刻まれてきたのかも知れません。

《鳴かずば撃たれまい》ということでしょうか。

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つぐみが大好きなあるブロガーさんは、
「つぐみん」
と呼んでいるようです。



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名機 2017年12月02日 雑話 トラックバック:0コメント:18

YS11。

YS11は戦後初の国産旅客機です。
昭和40年4月1日、羽田─高知間で初めて運用されました。
以降、主に国内線または離島への便として活躍します。

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(写真はWEBから借用)

鼻が黒く塗られた顔は、まるで子犬のようで可愛いと、ご婦人や子供たちにも人気でしたが、
プロペラ機にもかかわらず、世界でもっとも頑丈で安全な旅客機という評価を得ていました。
実際はエンジントラブルなど故障も何件かあり、墜落も4件に上っています。
でも、これは他の航空機に比べて格段に少ない数でした。

ともあれ、YS11は戦後日本の一つの誇りでもありましたが、
私がこのYS11について書こうと思ったのは、一時期、頻繁に搭乗していたので、
ひじょうに愛着のある旅客機だったからです。

何年間か富山への出張が続いていました。
当時、国鉄で東京から富山までは約5時間、それが空路だと1時間ちょっとですから、
空港へまた空港からの時間を足しても、午後からの会議には余裕で出かけることが出来たわけです。

そのYS11では様々な物語を体験しました。
なんといっても60人乗りの小さな機体ですから、
乱気流に巻き込まれた時の揺れまたは急上昇、急降下は口から胃が飛び出そうでした。
富山へは南アルプス、北アルプスという有数の山脈を越える空路なので、
北風と南風がぶつかる山脈上空の気流は、いつも不安定だったのです。

機内サービスをするスチュワーデス、今はキャビンアテンダント(CA)と呼びますが、
彼女たちが乱気流に突入するたび脚を踏ん張って、乗客たちの安全ベルトを確認していた姿は忘れられません。
また、通常以上の乱気流が予想される時は、離陸前に機内サービス(飲み物、菓子などのサービス)を受けるので、
何度も乗った人はまるで死刑判決を受けるようだと話していました。

YS11はプロペラ機ならではの面白い現象がありました。
主翼に近い席に座るとプロペラの振動が強く伝わってきて、同乗者と会話すると声が震えるのです。
「そういえばねぇ」が「ソボイベバネベベ」と聞こえるわけで、即座に会話が途絶えてしまうのでした。
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ILLUSTRATED BY NANTEI

乱気流に見舞われた時の恐怖は、もうお話しましたがある年のこと・・・
やはり北アルプスに差し掛かった時、急降下、急上昇を繰り替えす機内に念仏の声が聞こえたのです。
見ると通路を挟んだ隣の老女が、手を合わせて一心不乱に祈っています。
たぶん、東京の息子のことろへ列車でやってきて、空路で帰るよう手配されたのでしょう。
乗り慣れた乗客でさえ冷や汗が出る事態ですから、初めて体験する老女が神仏に祈るのは笑えないことでした。

富山空港は河川敷にありました。窓から見える滑走路は実に心細い風景で、
YS11はふらふらと富山市上空を旋回して、やっと着陸するのが常でした。
ドスンと着陸の振動が伝わると、期せずして乗客から拍手が起こったというのも今から思うと懐かしい思い出です。

そんなYS11も生産コストの採算が合わず、昭和47年に生産を終了。
平成18年には、ついに空路での全運行が終わってしまいました。
戦後復興の象徴ともいうべきYS11の退場で、昭和は更に遠くなったようです。


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相模国 2017年11月20日 雑話 トラックバック:0コメント:32

六社神社。

第十代崇神天皇の頃、出雲地方より相模の国に氏族が移るとともに、
祖神の櫛稲田姫命を守護神とした社を建てて、これを『柳田大神』と称しました。

大化改新後、柳田大神に、一之宮寒川神社、二之宮川勾神社、三之宮比々多神社、四之宮前鳥神社、
そして平塚八幡宮の分霊を合わせ祀ったのが相模国六所神社の始まりです。
六社の中でも大磯町の『柳田神社』は総社として崇められてきました。

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風格のある拝殿には立派なしめ縄が張られていますが、このしめ縄は出雲で作られているそうです。
伝えられているように、出雲との深い関係を物語る事例だと思われます。
櫛を象ったこの神社のお守り「湯津爪櫛御守」は、
女性を災害から守り良縁にもご利益があるというので、女性の参拝客が多いと聞きました。

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静かだった境内にぽつぽつと人が集まり始めました。
着飾った大人、そして晴れ着の子供たちです。

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この日、珠姫は三歳の七五三。

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多少の経緯があった出産でしたから、感慨もひとしおです。

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七歳もあっという間に訪れるでしょう。
それまでは、寝込まないよう心がけたいものです。


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。。。。 2017年10月09日 雑話 トラックバック:0コメント:10

脂。

無類の脂好きである。牛・豚の脂には目が無いといってもいいだろう。
ステーキ用の牛肉は2センチ幅の脂で縁取られ、かつ何本もの刺しが通っている肉を選ぶ。
ソテー用の豚肉も台湾の北部が雪渓に見えるようなものしか買わない。
豚バラ肉は言うに及ばず!

肉はすべからく脂がいちばん美味しいと思っている。
だからステーキもポークソテーも、その最ものところは最後までとっておく。
美味しいものはいちばん後に味わうといった、貧乏性の習性である。

ところがいつの頃からか、その至高の部位が切り落とされるようになったのだ。
切り落とすのは無論連れ合いである。
焼き上がったステーキ、またはポークソテーの脂は皿の上で無慈悲に切り離され、
ただただ茶色になった肉をこちらに押しやるのである。

健康のためだとお題目のように繰り返す相手に、「脂身無くして何の肉ぞ!」と抵抗したものの、
能面のような顔で脂身を切り離されるばかりであった。
その脂身はどうなるかというと、別の小皿に外されてゴミ箱に捨てられるのである。

これほど悲しいことがあろうか!夢も希望も失われるとはこのことではないか!
・・・・・・・・・・
そんなある夜のことであった。

いつものように茶色いだけのステーキを噛み終えて、寝酒をちびちび飲んでいたところ、
家内は早めに寝室に消え、娘はさっさと自分の部屋に籠ってしまった。
つまみが欲しくなって台所を覗いてみたら、なんと流し台に切り落とされた脂身の小皿が乗っているではないか。
捨て忘れたに違いない。

咄嗟、空き巣泥棒のような目つきになった筈である。
全神経を尖らせて屋内の気配を窺いつつ、その悪魔のようにぬめぬめ輝く一切れを頬張った。
罪悪感と抗いつつ味わう脂身の、例えようもない極楽!

と、そのとき「お父さん!」という声が肩に突き刺さった。
いつの間にか中学一年の娘が、驚愕と蔑みと憐憫の入り混じった目で見つめていたのである。
薄明かりの下で捨てられる筈の脂を貪っている生き物が、父親だったという衝撃。

連れ合いに密告されたのはいうまでもない。

夫婦諍いのあらましは割愛する。
それからは、連れ合いが肉を吟味して買うことになり、
以来三十年あまり、私にとって味気ない肉の咀嚼が続いている。

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ILLUSTRATED BY NANTEI



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^^))) 2017年08月19日 雑話 トラックバック:0コメント:30

どーるはうす。

ままごと遊びの延長線にドールハウスというのがあります。
ドールハウスには幼児向きから大人向けまでさまざまあるようで、
娘もそのコースを歩んできました。

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今回お見せするのは、幼児向きのドールハウスです。
家具はだいたい色付きで、可愛らしい。

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食器や野菜・果物、目玉焼き、ケーキなどは連れ合いが作ったものです。

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相当に楽しんで作っていたようです。

そのうち本来のドールハウス、すなわち英国風のウッディなもので遊ぶようになり、
これらにも次第に手をつけなくなったのは、自然のことでしょう。

お盆に娘一家がやってきて、そういえばあのドールハウスはどうした?と言います。
納戸の奥から取り出した幼児向けのドールハウスは、
30年ぶりの光を浴びて、眩しそうでしたが小さなバナナに至るまで当時のままです。

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テーブルに広げたそれらの家具や食器、
そして食べ物たちに珠姫が目を輝かせたのはいうまでもありません。

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雛人形もそうですが、このドールハウスも再び日の目を見たわけで、
女孫がいて良かったと、他愛なく喜んだじいじ、ばあばでした。
しかし、お人形には見向きもしなかったのが不思議といえば不思議です。



珠愛はこの五月で満3歳になりました。おかげさまで逞しく?育っています。
春から幼稚園に通っていて、あまり楽しくないといいますが英語の時間だけは好きなようです。

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この日、じじばばの顔を見たとたん、
「ワッチャネーム?」
と、きたもんです!!



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