福島だけではない 2016年04月19日 原発 トラックバック:0コメント:20

甲状腺がん。
2011年3月に起きた福島原発事故により、大量の放射性物質が大気中に放出されました。
それは県境によって遮られることなく、風や雨などによって近県も汚染され、
千葉市周辺でも水道水中のヨウ素131の濃度が、一時370Bq/Kgに達したこともありました。
(一番厳しい世界保健機関(WHO)の基準では、放射性ヨウ素 131の基準が10Bq/kg となっている。 )

ヨウ素131はウラン燃料が核分裂をした時に生じる、常温ではガス状の放射性物質です。
人間の体内に入ると、そのほとんどは吸収されることなく排出されますが、
一部がのど仏の下にある甲状腺に集まる性質があります。
長期間にわたって大量に蓄積した場合には子供の甲状腺がんの原因となる恐れがあります。


先日17日、千葉市の官民複合ビル『きぼーる』で、「その後の福島」と題した展示とティーチインが行われました。
最後に『甲状腺検診ちばの会』の方による、千葉市民の甲状腺検診結果についての説明がありました。

本来、放射線被ばくの影響を調査し、治療などの対応をとる責任は政府にあると考えますが、
あまりに遅く不誠実な対応を待ってはいられず、私たち市民自ら、出来ることは始めようと決めました。
検診に必要な超音波診断装置を借りる手筈や、ボランティアで協力してくださる医師との出逢いなどもあり、
2013年秋に「甲状腺検診ちばの会」を立ち上げ、2015年3月まで5回の市民検診を実施しました。


という紹介に続いて検診の実施状況が述べられました。
(次のグラフは、頂いた説明資料からグラフ化したものです。)

甲状腺

2014年6月15日から、2015年2月28日まで5回にわたって行われた検診では、
231名が受診したわけですが、対象は事故当時0歳から18歳を優先しました。
ここにある「A1」とは何も見つからなかったことを表し、
一方「A2」は5mm以下のしこり、20mm以下の《のう胞(液体のつまった袋》が見つかった場合を表します。

この結果を見ると受診した青少年の5割以上124人が、A2の判定を受けています。
A2であっても、甲状腺がんの兆候と断定されたわけではありませんが、通常でないことは間違いありません。

ところで原発事故の当事県福島では県が主体となって、原発事故時に18歳未満だった子供たちに、
甲状腺がんのスクリーニング検査を実施し、その結果を「県民健康調査検討会議」が公表しています。
それによると2015年3月末の時点で、127人の子供に悪性判定がなされました。

この数字は検診を受けた子供のおよそ2300人に一人の割合で、甲状腺がんが見つかっていることになります。
当初その「検討会議」としては、「放射能の影響とは考えにくい」とのスタンスをとっていました。
しかし現在では「甲状腺がんが多発している」ことを認め、
「検査で発見された甲状腺がんが被爆によるものかどうかの精査が必要だ」
という立場に変ってきています。
甲状腺がんの多発という現実を目の前にして、県も相当な危機意識を持ってきたようです。

一方、千葉市で行われた検診の結果、福島以外の地域でも放射能の影響が少なくないということが判明しました。
このことから検診は少なくとも関東圏・東北圏にも拡大する必要があります。
また検診の頻度も2年に1回ではなく、チェルノブイリ並みに半年に1回とすべきでしょう。

しかし、子供の甲状腺エコー検査を実施したことのある医師は非常に少ないのが現状です。
千葉の検診には忙しい中を福島や石川、兵庫などから、実績を積んだ医師の方々が、参加してくださいました。

非常に後手に回っている甲状腺の検診。
厚生省ひいては国の姿勢が厳しく問われるべきです。

そう結んで、この日の話は終りましたが、丁度熊本から大分にかけての、
過去になかったような強い余震が、時間を置かず連続していた最中でもありました。
断層線上にある川内、伊方の原発の姿が一層禍々しく浮かびあがったものです。

脱原発A


追記
「川内原発」停止を求める署名が行われています。
詳しくはhttps://www.change.org/をご覧の上、ご賛同のほどお願いいたします。


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南回廊 2012年07月31日 原発 トラックバック:0コメント:42

緊急です!
このオリンピックで国中が浮かれている中で、
以前から杞憂していたことが現実となりました。

国民がオリンピックに目を逸らされている間に、
政権がひっそりと進めようとしていることがあります。

「原子力規制委員会」の設立のことはもうご存じでしょうが、
問題はその人事のことです。

私も知らなかった一人ですが、この委員5人のうち3人が原発推進派で、
委員長にはその中の一人が選ばれ、今後5年間首相でさえ口を挟めない権限を持つのです。

原発推進派の一人がそのような権限を持たされる!
そんなあり得ないことが現政権によって、私たち国民の知らないうちに、
しかもこのオリンピックの「どさくさ」の間に強行されようとしています。

この暴挙をなんとしても食い止めなければなりません。

この記事は私が尊敬する普通の母親であり、
たおやかな女性でもある彼岸花さんの渾身の訴えを読ませてもらって、
急遽お知らせすることにしたのです。

そして、この人事に反対の意思表示をする署名の締め切りは8月2日。
あと3日足らずに迫っています!!


もし少しでも、それは変だぞ。
と思われたら、

どくだみ荘日乗

を訪れてください。


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南回廊 2012年07月17日 原発 トラックバック:0コメント:48

7月16日。



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12:00 代々木公園駅前

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裏通りからも

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代々木公園へ

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原宿からも

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大江健三郎 蒲田慧 広瀬隆

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瀬戸内寂聴 坂本龍一 内橋克人

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澤地久枝 落合恵子 湯川れい子

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福島から福井から 原発現地から

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気温33℃

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参加17万人


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南回廊 2012年03月21日 原発 トラックバック:0コメント:18

3月の「定義集」から。
突然でしたが、この稿をもって大江健三郎さんの「定義集」は終了するそうです。
6年の長きにわたって毎月連載されてきた「定義集」。
私はといえば昨年の7月に初めて目を止めたという新参もいいところの読者で、
しかも9月からは解説めいたことを書き連ねるという、恥知らずなことにまで手を染めたのでした。

しかし深く考える訓練と言語能力に劣る私には、毎月毎月が苦痛だったことは確かで、
本音をいうと「定義集」の終了にはほっとしているのです。

ただこの齢になって大江健三郎さんの小論を、真剣に読むようになろうとは思わなかったことですし、
9月19日の明治公園での集会「1000万人アクション」への参加など予想もできなかったことでした。

この明治公園の集会は心を打たれることばかりでした。
なにより強い感動を貰ったのは、他ならぬ大江健三郎さんの存在で、
しかも奇跡的ともいえるほどの偶然で、私はデモ行進する大江さんのわずか2メートル横にいたのでした。

福島A
PHOTO BY NANTEI

この大集会の呼び掛けの中心にいる方にしては、
ずーっと悲しげな顔で歩いておられたのがとても印象的でした。

そしてもうひとつの言葉を呑む光景は、デモが始まる寸前に明治公園の周辺に翩翻と翻った何本もの幟でした。
それはこの日のためにはるばる福島からやってきた、何百人もの方々が掲げる真っ白な幟でした。

福島
ILLUSTRATED BY NANTEI

その瞬間、私だけではなく周りの何人もが、目のあたりを拭っていたようです。

この集会の告知は7月の「定義集」の結びに書かれていました。
客観的といえば体のいい言葉ですが、元来、面倒なことには目を瞑ってきた私が、
このように傍観を逸脱するという行動を取れたのも、
原発政策のまやかしを訴え続けているブロガ―さんと、「定義集」のおかげであることは確かです。

その「定義集」が終了したこれからは、再び傍観者としてお気楽一辺倒のブログに戻りましょうか。
しかし、戦う何人かのブロガーさんが居る限りは、そうもいかない気がします。

それもこれも私の問題ですね。



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南回廊 2011年10月21日 原発 トラックバック:0コメント:20

10月の「定義集」から
今月はある小冊子をもとに話が進められています。
その小冊子とは、栗原淑江さんという方が長年ひとりで発行してきた
月刊の『自分史つうしんヒバクシャ』です。

大江氏はこの小冊子を愛読してきたと述べていますが、
その中で毎号よく選ばれている「転載」の豊かさを絶賛しています。

今回の225号でもドキリとしたその「転載」記事を挙げていました。

《日本は・・・核兵器の材料になり得るプルトニウムの利用が認められている。
こうした現状が外交的には、潜在的な核抑止力として機能していることも事実だ。
読売新聞、社説9・7》

《原発を維持するということは、核兵器を作ろうと思えば一定期間のうちに作れるという
「核の潜在的抑止力」になっている・・・
原発をなくすということはその潜在的抑止力をも放棄することになる・・・
石破茂・自民党政調会長(当時)『サピオ』10・5》

大江氏はこの二つの転載記事にある「潜在的な核抑止力」と「核の潜在的抑止力」という用語法、
それもいかにもフツウの言い方のように使われていることに、ドキリとしたといいます。

そして、「核の潜在的抑止力」というのが、この国の原発で、
いつでも原爆が作れると誇示することに他ならないとした上で、

『今度の大事故によって、原発の建設時にさかのぼり、今日の東電・政府の情報開示の仕方にまで、
いかに民主主義の精神が欠落しているかを、私らは思い知りました。
しかしこの抑止論ほど徹底した民主主義の無視は、例がなかったのじゃないでしょうか?

あまりにも正直に、原発をなくすということはその潜在的抑止力をも放棄することになると、
おなじみの伏し目の憂い顔で威嚇する政治家は、
この致命的な両刃の剣を手にすることについて、いつ国民の合意をえたのでしょうか?

と厳しい口調で述べています。

このあと大江氏は「核情報」主宰の田窪雅文氏による『原子力発電と兵器転用』から、

《原子炉で生成されるプルトニウムと、使い残りのウランを使用済燃料から取り出すのが再処理だ。
再処理工場の製品プルトニウムはそのまま核兵器に使えるのは周知なのに、
必要のないプルトニウムを作り続けるという不可解な政策をとる日本の意図に、外国が疑問を持っても仕方がない(注1)。
疑いを持たれたくなければ、今回の事故を契機に再処理計画は即座に中止すべきである。》

という一文を「転載」し、
続いて原発を廃絶する国民的意思が表明されれば、この限りでの(注2)抑止競争は終わります。
と結んでいました。

(注1)非核3原則をなし崩しにする惧れ。
(注2)いつでも原発が作れるという一種の威嚇。

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さて、ここで私の愚考です。
原発政策のもうひとつの側面は、外交、防衛という国策の一環だったということです。
側面というよりも主眼であったというほうが、的を射ているでしょう。

世界でも類のない第九条とともに、唯一の被爆国として宣言した非核三原則。
しかしまだ戦後10年を越えたばかりだというのに昭和32年、
当時の首相岸信介は自衛権の範囲内なら核保有も可能であると発言しているのでした。

そして昭和40年代に入ると核保有の可能性が政府によって検討されるという、
かつての戦争指導者の亡霊が出て来たような謀議が、秘かに行われていたのです。

さらに下って小泉政権では、福田官房長官、安部官房副長官が揃って、
「日本は核兵器を使用してもよいと思う」と発言していたのはご存じでしょうか。

ほとんど記憶にないと言われるなら、当たり前です。
この発言を大きく取り上げたマスコミは「東京新聞」だけだったのですから。

このように国策という名のもとで、一握りの巨大な利権を貪ったのは、
政治家、電力団体、そして餌を撒かれた大マスコミ。

大江健三郎氏はこれらの強欲な人種に「定義集」を始めとするペンの力で、
命掛けの闘いを挑み続けてきたのだと、改めて思わされたのです。


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