ガヴォット 2017年07月21日 音(古) トラックバック:0コメント:10

剣豪小説家とクラシック。

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剣豪小説家として一世を風靡した五味康祐氏(1921-1980)は、
一方でオーディオマニアとしても著名だった。
いい音を求めるためなら、家を売っても構わないという徹底したマニアであったが、
音楽評も多数書いていて、その辛口の評論には小説以外の熱烈なファンも少なくなかった。
氏の評論の目は、名曲・大曲に限らず何気ない小品にも向けられている。
例えば、ラモーの「ガヴォット」について・・・

ラモーの音楽には、ルイ王朝の雅びと併せて今聴いても快いリズムがある。
雅は旋律ではなく遂にリズムだ、そう《ガヴォット》は言っている。

ラモーは身分の低いオルガニストから宮廷音楽家として、ついに宿願の貴族に列せられたが、
既にルイ王朝は没落の一途を辿っていたのである。
そういった時代のの王妃や寵姫を、もっとも痛い心で見た音楽が、
私にエレガントな精髄を教えてくれるわけだ。

王朝のみやびは、わが国にもあった。
やっぱり公卿たちは没落し、美貌の姫を武家大名の妃にさし出すことで、辛うじて糊口を、雅の日常を支えた。

でも武力をもたぬそうした京の公卿どもを征服した武士が、結局歯の立たなかったのが雅であった。
雅に抗しかねて滅んでゆくのが徳川幕府であり、明治維新を為したものはつまるところ、
王朝のみやびへの武人の劣等感だったと、私は思っている。

私はこのテーマを主題に小説を書いたことがあった。発想はラモーにある。
この連載小説が私に作家の地位を約束したという世評がもし正しいなら、私はラモーに感謝しなければならない。
むろんこんなことはどうでもいい話だが、ラモーは私にとってどうでもいい音楽ではない。

お通夜には、これも聴かせてほしいのだ。フランス人のピアノなら文句は言わない。
シュワンのカタログではキプニスなる人がハープシコードで弾いている。私はまだ聴いていない。
ハープシコードではどうも低音部の軽快さが、リズム感を横溢させてはくれぬように思い、
聴かないで来ているのだが、誰か聴いた人がいるのだろうか。
ピアノの低域のあの響きの楽しさは、そこにもあるのだろうか?


これは音楽評論というより、上質のエッセーである。
そして、これを読んだ途端、今すぐラモーのガボットを聴いてみたいと思わずにはいられなくなるのだ。




なお、オーディオ狂も併せてご覧いただけたら幸いである。





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2017年06月18日 音(古) トラックバック:0コメント:12

宇宙
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数百曲残されているバッハの作品の中には、確固とした一つの宇宙が存在する。
それは古今東西を通じて人間の人の奥底に訴える普遍的な魅力に溢れるものである。
シュバイツアーやアインシュタインといった偉大な科学者がバッハに傾倒したのは、
その普遍性に依るところが大だったのは疑いもない。

なお無人惑星探査機ボイジャー1号には地球外知的生命体に遭遇したときのことを想定して、
地球上の音を収録した一枚のゴールデンレコードが搭載されている。
その中には宇宙物理学者の佐治晴夫さんが提案して、バッハの音楽がおさめられているという。



演奏は今私が最も注目している音楽家、鈴木雅明氏。
チェンバロ・オルガン奏者であり、バッハ・コレギウム・ジャパンの音楽監督でもある。
2012年ドイツ東部ライプチヒ市から「バッハメダル」を、授与された。

バッハメダルは毎年、バッハ作品の演奏に貢献した世界的な音楽家に授与されているが、
日本人の受賞は初めてのことである。



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伝説のピアニスト 2017年04月15日 音(古) トラックバック:0コメント:12

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ラザール・ベルマン

リヒテルと私が4本の手で演奏してもベルマンにはかなわない。
エミール・ギレリスにそう言わしめた超人がいた。
それがラザール・ベルマン(1930-2005年)というピアニストである。
エミール・ギレリスとスヴャトラフ・リヒテルは、ともに20世紀を代表するピアニストだった。
その二人が驚嘆したラザール・ベルマンとは、どんなピアニストだったのだろうか。

レニングラードで生まれたベルマンは、2歳から母の手ほどきでピアノを弾き始め、
7歳で自作のマズルカをレコードに録音したという伝説を持つ。
しかし、その存在は西欧世界では殆ど知られていなかった。

それはベルマンの演奏活動が、ソヴィエトと東欧に限られていたからであり、
録音された音源もどういう訳か西欧圏に出ることがなかったからである。
ソヴィエトには巨大なピアニストがいるという噂が広まったのは、ベルマンが40歳を過ぎてのことであった。

そして1976年、ついに幻のピアニストがヴェールを脱ぐ時がやってきたのである。
それはアメリカ・オハイオ州のマイアミ大学でのデビューリサイタル。
ラザール・ベルマン45歳のことであった。

全国誌の音楽記者、音楽評論家たちが、マイアミ大学にかけつけた。
ベルマンのデビューは2大紙の「タイム」と「ニューズウィーク」に写真入りで取り上げられ、
アメリカ中の音楽愛好者の興奮をいやが上にもかき立てたのである。

このデビューリサイタルの後、ベルマンは引く手あまたとなり、
ドイツ・グラモフォンやEMI、CBSらが奪い合うようにして録音に起用するようになった。
初来日は1977年。日本のクラシックファンにも衝撃を与えたのは当然である。

私はその後発売されたアルバム「PLAYS LISZT」で、ラザール・ベルマンの洗礼を受けたのだが、
地響きするほどの、すさまじい演奏に放心状態となったものだ。

今回聴いていただくのは、その「PLAYS LISZT」からリストの超絶技巧練習曲4番「マゼッパ」。




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レッテル(Ⅱ) 2017年01月22日 音(古) トラックバック:0コメント:8

ヴェルディ
Giuseppe Verdi
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人はレッテルを貼られることが多い。
有名になればなるほど、外しようのない一方的な評価がつきまとう。

例えば、ショパン弾きあるいはリスト弾きと呼ばれるピアニストがいる。
ショパンを弾かせたらこの人と言われている一方で、
ショパン以外の演奏は平凡だというレッテルを貼られている。

作曲家もそうで、オペラ作曲家というレッテルを貼られている音楽家が何人かいる。
別に悪いレッテルとは思わないが、日本では交響曲やコンチェルトで名を知られた音楽家より、
一段低く見られていたような気がする。

これは明治政府の急激な西欧化政策が齎したものだろう。
西洋音楽を娯楽ではなく、教養として扱った弊害が未だに続いているようだ。
このことは以前も室内楽の愉しみで書いたことがある。

日本にオペラ専用ホールが出来たのは、僅か20年前の1997年のことだった。

さて、そのオペラ作曲家といえば圧倒的にイタリアが多い。
中でもヴェルディとプッチーニはその作品数と、公演の頻度において双壁であることは間違いないだろう。
そんな二人もレッテルの所為か、唯一ヴェルディの『レクイエム』が知られているだけで、
オペラ以外の作品は殆んど見向きもされていない。

作曲家であるからには、独立した管弦楽曲や器楽曲もお手のものな筈で、
二人とも10曲ほど、それらの作品を残している。
ただオペラほど評価されていないので、演奏される機会はごくごく稀だから一般に知られてないのは当然であろう。

今回聴いて頂きたいのは、ヴェルディの弦楽四重奏曲。
ヴェルディは「リゴレット」「椿姫」「アイーダ」「オテロ」など、30曲に及ぶオペラ作品で知られた《歌劇王》だが、
この弦楽四重奏曲もオペラ作家らしく、旋律美に溢れた作品である。

滅多に生では聴けないが・・・






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三味線バッハ(Ⅱ) 2017年01月13日 音(古) トラックバック:0コメント:10

ばっは





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ばっはだあ!

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