秋は 2016年09月17日 音楽(洋楽) トラックバック:0コメント:14

シャンソン。

日中はまだ汗ばむようですが、朝夕はひんやりした空気を感じるようになりました。
秋は間違いなくやって来ているようです。

その秋にふさわしい音楽といえばシャンソンですかね。
何故と言われると「枯葉」が有名じゃん!としか言えない私ですが。

その上、どれほどシャンソンを聞いたかといいますと、イヴ・モンタンを何曲か、シャルル・トレネをちょろっと。
あとジルベル・べコ―は聴いたような聴かないような・・・。
こんな程度ですから、シャンソンうんぬんなんて言える柄ではありませんがね。

そんな私が最初で最後だろうというシャンソンのLPを買ったのは40年前でしたか・・・。
それは・・・

アラン・バリエールという、歌手のLPでした。
当時のヨーロッパでは人気の大スターだったそうですが、
日本では全くの無名でして、私も当然すぎるほど未知の歌手だったわけです。

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それが、ふとした時にFMで聴いたその歌声に、惹かれてしまったのですね。
くぐもったフランス語がイタリア語に聴こえるほどのはっきりとした歌い方。
いってみれば洗練されたパリのシャンソンからかけ離れた、野性的な歌い方といいましょうか。

それもその筈アラン・バリエールは、ブルターニュの港町で育ち、お父さんは漁師だったという海の男でして、
その潮焼けしたような声は、それまでのシャンソンと全く異なる魅力に溢れていたのです。

アラン・バリエールの歌は殆んど自作ですが、
今日聴いていただくのは、シャンソンのスタンダードともいえる《ラ・メール(海)》です。
シャルル・トレネが歌ったこの曲は、《枯葉》とともにシャンソンの代表曲になりましたが、
アラン・バリエールのはフォービートに乗って朗々と歌う、如何にも海の男らしい《ラ・メール》といえましょう。




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ご存じですか 2016年04月27日 音楽(洋楽) トラックバック:0コメント:18

サンレモの大和撫子。
外国のことは知りませんが、日本の芸能界では「三人娘」と名付けて、
人気の相乗効果を狙う風潮があるようです。

初代は黒柳徹子、横山道代、里見京子(又は水谷良重)だったそうですが、
「三人娘」としての印象度はどうだったのか、わかりません。
しかしその直後、美空ひばり、江利チエミ、雪村いづみ。
その歌謡史に輝く三人が、《じゃんけん娘》として世に持て囃されたのは周知のことでしょう。

また、山口百恵、桜田淳子、森昌子の《花の中三トリオ》が、
爆発的な人気を集めたのは、つい最近のことのように思い出されますね。

その間にも●中尾ミエ、伊東ゆかり、園まり ●小川知子、奥村チヨ、黛ジュン ●榊原郁恵、清水由貴子、高田みづえ
といった「三人娘」が組まれていたわけですが、一方、男性は「御三家」と呼ばれていました。

古くは橋幸夫、舟木一夫、西郷輝彦が「御三家」と呼ばれ、次いで郷ひろみ、西城秀樹、野口五郎と続きます。
「たのきんトリオ」もいわゆる御三家でしたね。

前置きが長くなりましたが、『サンレモ音楽祭』の話をしましょう。
1960年代はサンレモ音楽祭から数多くのヒット曲が生まれ、世界はカンツオーネブームに沸いたものです。
この音楽祭には日本から岸洋子と伊東ゆかり、二人の歌手が参加しています。

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伊東ゆかりは前述した中尾ミエ、園まりとともに「ナベプロ三人娘」の一人です。
パンチのある中尾ミエ、しっとりと唄う園まりに比べて、控え目な感じの伊東ゆかりですが、
このサンレモ音楽祭では非常に輝いていました。

1965年、日本人として初めてサンレモのステージに立った伊東ゆかりは、
着物姿で《恋する瞳》を唄い、見事2位に入賞したのです。
東洋人の珍しさもあったと思いますが、それを差し引いても素晴らしい歌唱でした。

日本人にとってイタリア語は、いちばん発音しやすい外国語だといわれています。
初めての海外音楽祭で歌うには、こういってはなんですが組み易い言語といえましょう。
それでもコンクールですから、完璧な発音とそれ以上に歌唱力が求められるのは勿論です。

伊藤ゆかりは選曲も良かったのでしょう、《恋する瞳》を見事に歌い上げたわけですが、
どちらかといえばジリオラ・チンクエッティに似た歌声も、好感を持たれたのでしょうね。
その後、伊東ゆかりは多くのカンツオーネをレコーディングしています。

「夢見る想い」「花のささやき」「砂に消えた恋」「ナポリは恋人」「愛は限りなく」・・・
全てサンレモが産んだヒット曲ばかりですが、今日はその中から「過ぎ去った恋」をお届けしましょう。
伊東ゆかりがサンレモに参加した当時の映像とともに、お楽しみください。





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永遠のガール。 2016年03月08日 音楽(洋楽) トラックバック:0コメント:14

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シンディ。
シンディ・ローパーはとびきりの親日家としても知られている。
「前世は日本人だったかもしれない」と話すほどで、たびたび「お忍び」で訪れあちこち旅しているとも聞いた。

そのシンディは2011年3月11日、奇しくも日本公演のため来日し、東日本大震災を目の当たりにしたのである。
多くの外国人が日本を離れる中で、彼女は「こういう時こそ音楽で力を与えたい」と帰国せず、
予定通り日本ツアーを全て行い、また募金活動を行った。

震災から一年後の3月5日には、ツアーのオフを返上して釜石を訪れ、
生歌を披露し桜の苗木を10本手渡したという。
また、その年のツアーの収益金は日本赤十字社を通して、被災地に全額寄付されたのである。
以後も毎年日本公演を行い、被災地の人々を励ましている。
もちろん阪神淡路、新潟にも。

シンディがこれほどの日本贔屓となった契機は、ニューヨークでレストランを経営していた鈴木サクエとの出会いだった。
定職もなくブラブラしていた時にその鈴木サクエという日本人女性から、
「それじゃ駄目だから自分の店で働きなさい」と誘われ、
シンディのバンド仲間やまだ下積みのアーティスト達も、面倒を見てもらったそうだ。

以来シンディーは鈴木サクエを母のように慕い、恩返しの思いで被災地の支援を続けてきたのである。

一時期私はこのシンディ・ローパーの歌をよく聴いた。
底抜けに明るいヤンキー娘の歌に、どれだけ元気をもらったか。
反面、「タイム・アフター・タイム」「トゥルー・カラーズ」といった内省的な歌も見事に歌いこなすという、
感受性の豊かさにも大いに惹かれたものだ。

シンディ・ローパーは今年63歳。
しかし変らぬパワーとマインドは、今も『永遠のガール』と呼ばれている。

そんなシンディの、数多いディスコグラフィの中から今回は、
いきなりヒット・チャートの2位に輝いたファースト・シングルの「ガールズ・ジャスト・ワナ・ハヴ・ファン」、
続いて全米第1位となったセカンド・シングル「タイム・アフター・タイム」をお届けしよう。









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至上のデュエット 2016年01月24日 音楽(洋楽) トラックバック:0コメント:10

グレン・キャンベル&アン・マレー。
グレン・キャンベルはアメリカのカントリーシンガーです。
『恋はフェニックス』、『ジェントル・オンマイマインド 』、『ウィチタ・ラインマン 』、『ガルベストン 』、『サザン・ナイツ 』など、
9曲が『ビルボード』誌のカントリー・チャート第1位になり、グラミー賞にも2度輝いたアメリカポップス界の大スターです。

一方のアン・マレーはカナダ出身の同じくカントリーシンガー。
代表曲の『ラブ・ソング』『辛い別れ』でおなじみの女性歌手です。

「辛い別れ」で78年度グラミー賞の最優秀ポップ女性歌手賞を受賞し、
米ビルボード誌HOT100では第1位を記録しました。
これはカナダ出身の女性ソロ・シンガーとしては史上初の快挙だそうです。

その二人が1971に共演した素晴らしいアルバムがあります。
中でも『恋はフェニックス/小さな願い』は、珠玉のデュエットといえるでしょう。

『恋・・・』はグレン・キャンベルのヒット曲で、
『小さな願い』はバート・バカラックが作曲し、ディオンヌ・ワーウィックが歌ってヒットしました。

この違う2曲を一つのアレンジ・オーケストレーションで、交互に歌うという大胆な試みでしたが、
『小さな願い』をスローテンポにしたアン・マレーの歌と、グレン・キャンベルが歌う『恋はフェニックス』とが、
あたかも一つの曲に聴こえてくるのですから、ただただ驚きでしたね。

ましてやこの難曲を、ライブで楽々と歌いこなすなんて!
アメリカのショービジネス、その圧倒的な実力に感嘆したものです。





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たゆたう。 2015年11月14日 音楽(洋楽) トラックバック:0コメント:18

ムスタキ
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フランスの詩人で歌手でもあった、ジョルジュ・ムスタキが亡くなってから二年と半年が経ちました。
ムスタキは常に社会変革の運動に心をよせ、民族的差別に立ち向かったプロテスト・シンガーでした。

世界的に大ヒットした「異国の人」を始め、「私の孤独」「生きる喜び」「ヒロシマ」「僕の自由」
といった問題作を次々と発表し続け、世の不条理を淡々と歌うムスタキのその歌声は、
シャンソンの枠を超えて多くの人々に感動を与えました。

そんなムスタキに、とても穏やかで美しい曲があります。
『愛情の地図』
ハープの天国的なトレモロに乗せて、転調を繰り返すシンプルにして魅惑的なメロディー。
このLPを手に入れた時は暫くの間、繰り返し繰り返し聞き惚れていたものです。

たゆたうような音楽とは、まさにこの曲のことでしょう。




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