エロスとは 2017年10月03日 音(洋) トラックバック:0コメント:8

ズビグニュー・リプチンスキー
この名前をご存じの方は少ないと思う。

ズビグニュー・リプチンスキー(Zbigniew Rybczyński, 1949年生まれ )は、
ポーランド出身の映像作家で映画監督である。

1970年の初頭よりデジタル技術を駆使した映像作品を多く発表し、
ジョン・レノン、オノ・ヨーコ、ミック・ジャガーなど著名なアーティストのミュージック・ビデオを手がけた。

高精細度テレビジョン放送(HDTV)技術を用いた映像作品を多数発表。
MTVの作品も多く手がけ、この分野でも多くの賞を受賞している。

1982年『タンゴ』で、第55回アカデミー短編アニメ賞を受賞。
1990年『オーケストラ』ではエミー賞特殊技術賞受賞。
アヌシー国際アニメーション映画祭ほか、数々の国際的な賞を受賞している。

(以上Wikipediaより)

そのズビグニュー・リプチンスキーの作品の中から、是非紹介したいのが『オーケストラ』である。
これは制作されて同年すぐにNHKスペシャルで放映された。
幸運なことにヴィデオに録画することが出来て、今も大切にしている。

『オーケストラ』は、戯曲作家が古典のテキストを舞台化するように、
有名な6つの曲を、リプチンスキーが映像化したものである。

モーツァルトの「ピアノ・コンチェルト21番」、ショパンの「葬送行進曲」、
アルピノーニの「アダージョ」、ロッシーニの「泥棒かささぎ」、
シューベルトの『アヴェ・マリア』、ラヴェルの『ボレロ』の6曲である。

リプチンスキーはこれらの曲に斬新な解釈を加えながら、
老い、怠惰、欲望、暴力、犯罪、歴史、政治、道徳、宗教といったモチーフを表現しようと試みている。

特にモーツァルトの「ピアノコンチェルト」では、
美しい庭園に集まった老いた男女のそこはかとない哀感が胸に迫り、
「アヴェ・マリア」の浮遊感には宗教的なエロティシズムすら感じさせる。
ともかく、30年近く経った今も斬新な映像だと思うのだが。

では、リプチンスキーの妖しい世界を、ごゆっくりと・・・




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5/4拍子 2017年08月11日 音(洋) トラックバック:0コメント:12

TAKE FIVE
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"テイク・ファイブ "はポール・デスモンドが作曲し、
デイヴ・ブルーベック・カルテットの1959年のアルバム『タイム・アウト』に収録された曲です。
曲名の由来にもなった、珍しい5/4拍子の使用で有名になりました。

今回は変わったバージョンでお届けしましょう。
1.2.3.4.5  1.2.3.4.5と拍子を取りながらご覧ください。
きっと、乗り乗りになる筈です。







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グラミー史上唯一の 2017年06月05日 音(洋) トラックバック:0コメント:10

不名誉な記録。

「ミリ・ヴァニリ」はロブ・ピラトゥス、ファブリス・モーヴァンの2人組ダンス・ユニットである。

1988年に西ドイツからデビューした彼らは、ヨーロッパ各国でのヒットを実績にアメリカへ上陸し、
「Girl You Know It's True」は全米2位、その後3枚のシングルは全米1位の大ヒットを記録する。
ポップでダンサブルなサウンドと流行の兆しを見せていたラップ、
モデルさながらのファッショナブルなルックスも手伝ってそのヒットは世界的に広がり、
1990年には、グラミー賞の最優秀新人賞を受賞した。

ところが彼らは実際には歌っておらず、いわゆる口パクだったことと、
レコーディング自体が別人物のヴォーカルだった事実が判明したことによって、
グラミー賞は剥奪されることになったのである。

このことを暴露したのは誰あろう、彼らを見出したプロデューサーのフランク・フェーリアンであった。
世界的な大ヒットと、グラミー賞受賞で増長した2人はフェーリアンと対立するようになり、
フェーリアンは意趣返しとばかりに彼らがレコーディングでは歌っていない、
すなわち口パクであることを暴露したため大騒動となったのである。

ヴォーカルが別人物であることもさりながら、当初からそれを隠したままグラミー賞を受賞してしまったことで、
賞は剥奪されレコードも廃盤となり、ミリ・ヴァニリは事実上芸能界から追放された。

ピラトゥスはドラッグやアルコールに溺れた挙げ句に強盗事件を起こし、
カリフォルニアの刑務所に服役することになった。
出所後の1998年、薬物過量投与、薬物過剰摂取によってこの世を去っている。
一方のモーヴァンも麻薬に溺れたが立ち直り、ダンサーとして復活したという。

ちなみにこの1990年のグラミー賞最高レコード賞は、ベッド・ミドラーの「愛は翼にのって」だった。
感動的なミドラー歌声、そしてミリ・ヴァニリの天国から地獄への顛末・・・。
私にとって忘れられないグラミー賞となった。

当時グラミー賞はテレビ朝日、その後テレビ東京が録画放送していて、
毎年楽しみに観ていたのだがその数年後、放映はWOWWOWに移り、
《有料》が何より嫌いな私は、以後グラミーに疎い男となってしまった。





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秋は 2016年09月17日 音(洋) トラックバック:0コメント:14

シャンソン。

日中はまだ汗ばむようですが、朝夕はひんやりした空気を感じるようになりました。
秋は間違いなくやって来ているようです。

その秋にふさわしい音楽といえばシャンソンですかね。
何故と言われると「枯葉」が有名じゃん!としか言えない私ですが。

その上、どれほどシャンソンを聞いたかといいますと、イヴ・モンタンを何曲か、シャルル・トレネをちょろっと。
あとジルベル・べコ―は聴いたような聴かないような・・・。
こんな程度ですから、シャンソンうんぬんなんて言える柄ではありませんがね。

そんな私が最初で最後だろうというシャンソンのLPを買ったのは40年前でしたか・・・。
それは・・・

アラン・バリエールという、歌手のLPでした。
当時のヨーロッパでは人気の大スターだったそうですが、
日本では全くの無名でして、私も当然すぎるほど未知の歌手だったわけです。

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ILLUSTRATED BY NANTEI

それが、ふとした時にFMで聴いたその歌声に、惹かれてしまったのですね。
くぐもったフランス語がイタリア語に聴こえるほどのはっきりとした歌い方。
いってみれば洗練されたパリのシャンソンからかけ離れた、野性的な歌い方といいましょうか。

それもその筈アラン・バリエールは、ブルターニュの港町で育ち、お父さんは漁師だったという海の男でして、
その潮焼けしたような声は、それまでのシャンソンと全く異なる魅力に溢れていたのです。

アラン・バリエールの歌は殆んど自作ですが、
今日聴いていただくのは、シャンソンのスタンダードともいえる《ラ・メール(海)》です。
シャルル・トレネが歌ったこの曲は、《枯葉》とともにシャンソンの代表曲になりましたが、
アラン・バリエールのはフォービートに乗って朗々と歌う、如何にも海の男らしい《ラ・メール》といえましょう。




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ご存じですか 2016年04月27日 音(洋) トラックバック:0コメント:18

サンレモの大和撫子。
外国のことは知りませんが、日本の芸能界では「三人娘」と名付けて、
人気の相乗効果を狙う風潮があるようです。

初代は黒柳徹子、横山道代、里見京子(又は水谷良重)だったそうですが、
「三人娘」としての印象度はどうだったのか、わかりません。
しかしその直後、美空ひばり、江利チエミ、雪村いづみ。
その歌謡史に輝く三人が、《じゃんけん娘》として世に持て囃されたのは周知のことでしょう。

また、山口百恵、桜田淳子、森昌子の《花の中三トリオ》が、
爆発的な人気を集めたのは、つい最近のことのように思い出されますね。

その間にも●中尾ミエ、伊東ゆかり、園まり ●小川知子、奥村チヨ、黛ジュン ●榊原郁恵、清水由貴子、高田みづえ
といった「三人娘」が組まれていたわけですが、一方、男性は「御三家」と呼ばれていました。

古くは橋幸夫、舟木一夫、西郷輝彦が「御三家」と呼ばれ、次いで郷ひろみ、西城秀樹、野口五郎と続きます。
「たのきんトリオ」もいわゆる御三家でしたね。

前置きが長くなりましたが、『サンレモ音楽祭』の話をしましょう。
1960年代はサンレモ音楽祭から数多くのヒット曲が生まれ、世界はカンツオーネブームに沸いたものです。
この音楽祭には日本から岸洋子と伊東ゆかり、二人の歌手が参加しています。

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伊東ゆかりは前述した中尾ミエ、園まりとともに「ナベプロ三人娘」の一人です。
パンチのある中尾ミエ、しっとりと唄う園まりに比べて、控え目な感じの伊東ゆかりですが、
このサンレモ音楽祭では非常に輝いていました。

1965年、日本人として初めてサンレモのステージに立った伊東ゆかりは、
着物姿で《恋する瞳》を唄い、見事2位に入賞したのです。
東洋人の珍しさもあったと思いますが、それを差し引いても素晴らしい歌唱でした。

日本人にとってイタリア語は、いちばん発音しやすい外国語だといわれています。
初めての海外音楽祭で歌うには、こういってはなんですが組み易い言語といえましょう。
それでもコンクールですから、完璧な発音とそれ以上に歌唱力が求められるのは勿論です。

伊藤ゆかりは選曲も良かったのでしょう、《恋する瞳》を見事に歌い上げたわけですが、
どちらかといえばジリオラ・チンクエッティに似た歌声も、好感を持たれたのでしょうね。
その後、伊東ゆかりは多くのカンツオーネをレコーディングしています。

「夢見る想い」「花のささやき」「砂に消えた恋」「ナポリは恋人」「愛は限りなく」・・・
全てサンレモが産んだヒット曲ばかりですが、今日はその中から「過ぎ去った恋」をお届けしましょう。
伊東ゆかりがサンレモに参加した当時の映像とともに、お楽しみください。





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