月島・深川 2018年02月14日 江戸 トラックバック:0コメント:28

もんじゃ村。

月島に来たのは6年ぶりである。特に目的があったわけではない。
深川の友人を見舞ったその足で、ふらり寄ってみたのだ。

8-0211.jpg

月島といえば「もんじゃ」、「もんじゃ」といえば月島と言われるように、
「もんじゃ」で成り立っているような商店街である。
しかし、これほど「もんじゃ」店が増殖しているとは!

8-0211B1.jpg8-0211B2.jpg
8-0211B3.jpg8-0211B4.jpg

6年前はまだ雑貨屋、花屋、豆腐屋あるいは蕎麦、中華の店などもそこそこ目に付く通りだったのが、
全て「もんじゃ」で埋め尽くされたような「もんじゃ村」と化してしまったようだ。

8-0211C.jpg

表通りだけでなく裏通りにも。

8-0211D.jpg

そして露地にも。

8-0211E1.jpg8-0211E2.jpg

そういえば月島には狭い露地が何本もある。まるで魚の骨のように。
肩寄せ合って暮すという形容がぴったりな、下町独特の風景である。

「もんじゃ」はここ月島で一度食べただけである。
それも会社のグループ会で使ったのが最初で最後、以来「もんじゃ」は口にしていない。
何年かぶりで味わってみようと思ったが、爺さんが一人でもんじゃをつつく姿は、いかにも侘しい。
場所を替えてラーメンでも啜るか・・・

深川骨董市。

そういえば、友人から富岡八幡で骨董市をやってると知らされていた。
月島から門前仲町まではバスでふた駅である。歩いてゆける距離だ。深川に戻ろう。

8-0211I.jpg

八幡宮の骨董市は歴史が古い。戦後まもなくからだと言う。
陶磁器はむろん古い玩具や煙管、古銭、刀剣など、眺めるだけでも楽しい。

8-0211J.jpg

そういえばこの富岡八幡宮では、昨年禍々しい事件が起こった。
その煽りで初詣客が格段に減ったという。
今の宮司はどなたなのか知らないが、本殿からは腹に響くような太鼓の音が聞こえてきた。

8-0211L.jpg

深川での食事はお不動さん参道の京料理「近為」が多くなった。
久々に「ぶぶづけ定食」をと思ったが、案の定並んでいる人が多い。
そうとう腹も減っているので、別の店へ向かう。

8-0211M.jpg

渋い佇まいは、同じ参道にある深川飯の老舗「六兵衛」。
門仲で深川飯(いわゆる浅蜊飯)を食べさせるところは、無数にあるが私はここの味が最も気に入っている。

8-0211N.jpg

この日はやや寒かったこともあって、「あさりの雑炊」にした。
こういう時はお腹の中から温まる雑炊に限る。
浅蜊の粥に卵を溶いだ熱々の雑炊。浅蜊から出る出汁と優しい塩気は申し分ない。

8-0211O.jpg

「六兵衛」を出ると、いつもは横目で通り過ぎていた立ち飲み酒場が、いやに誘惑してくる。
中は壁一面に全国の銘酒、銘酒、銘酒。

8-0211Q.jpg

本日のお薦めが数種類あって、千葉の酒「甲子」の名前が見える。迷わず「甲子」でゆく。
つまみは「鶏皮ポン酢」のみで、ゆっくり味わう。
甲子の辛口だが爽やかな喉越しは、鶏皮によく合う。

8-0211P.jpg

改めて満員の客を見渡すと、非常に若い女性が多いことに驚いた。
ホタルイカをつまみながら、しかも立ち飲みで、このお酒は甘いだのフルーティだのと騒いでいる。
世の中つくづく変ったものだ。

3連休の、あるささやかな一日。


スポンサーサイト

テーマ:エッセイ・散文 - ジャンル:小説・文学

師走 2017年12月16日 江戸 トラックバック:0コメント:24

うをがし茶。

12月の中ともなると、街はどことなく忙しげである。
築地の賑わいもなにやら殺気立ってきたように見える。

7-1211A.jpg

最近の築地は海外からの、特に東南アジアや中国からの観光客が増えている。
彼らのお目当ては「スシ」だそうで、そういえばここ十年の間、場外にはすし屋が目だって多くなった。

7-1211B.jpg

現役時代はこの築地が近いこともあって、時々は路地裏の狭いすし屋とか、
この春に出火して全焼した井上のラーメンなどで昼食を摂っていたものだが、
それよりも知る人ぞ知るといった場内の食堂で食べることが多かった。

7-1211C.jpg

ちょうど築地がんセンターの向かい側、そこが場内への入り口になっていて、
市場で働く男衆が慌しく行き交う中を、邪魔にならないよう用心しながら行くと、間口の狭い食堂が並ぶ一画となる。

7-1211D.jpg
7-1211E.jpg
7-1211F.jpg

いずれも市場で働く人や、仲買人が利用する老舗の名店揃いである。
味に煩い人たちが通うわけだから、提供される味に間違いはない。

7-1211G.jpg

奥まった角にあるのが牛丼の吉野家、その一号店である。
明治32年、日本橋の魚市場で誕生したが、関東大震災の後築地市場に移転し、現在に至っている。

7-1211H.jpg

今回この食堂街は通り過ぎるだけで、勝鬨橋のたもとまで足を伸ばす。
築地市場厚生会館という建物の一階に「魚四季」という食堂がある。二十年前までは単に「厚生会館食堂」だった。

7-1211I.jpg

当時から魚料理が評判で、早朝から働いてきた市場の衆は、ちょうど昼頃が上がりとみえて、
食いかつ酒を酌み交わす男たちの熱気に溢れていた。

7-1211J.jpg

民営の「魚四季」になってからも、その光景は変わらなかったが、
この日はそのピークが過ぎた時間らしく、サラリーマンやOLが遅めのランチを食べているだけだった。

「魚四季」の昼定食、お薦めはなんといっても「あら煮定食」だろう。
鯛をはじめ新鮮な魚のあらが、煮しまった大根とともにぎっしり詰まった鉢は絶品である。
ことに寒い季節はあっという間に品切れとなる、超人気の定食だ。
案の定、お目当てのあら煮は品切れで、仕方がないからお初の「鮪のあご香味焼き」を注文した。

7-1211K.jpg

出てきた定食を見て、のけぞってしまった。
スペアリブのような骨つきあご肉が数本、山をなしていた。
こりゃ一人では食えんぞなもし・・・思わずわけのわからない方言が出る。

しかし、これが魚かと思うほどしっかりした肉で、その中にてろりとした脂の筋が走っている。
香ばしい焼き目とあいまって、箸が進むこと進むこと。
鮪と味噌汁だけで満腹してしまったが、これで旨い地酒でもあったら今日の用事を忘れてしまっただろう。

その用事とは・・・

7-1211L.jpg

同じ築地、といっても市場から離れた本願寺に近い「うをがし茶」で、お歳暮用の茶を買って帰ることであった。
ここのお茶はかれこれ40年、我が家で愛用してきたもので、
縁戚へのお歳暮としても好まれていたことから、毎年暮れになると買出しにくるのである。

7-1211M.jpg

「うをがし茶」に来て嬉しいことは、一定量を買うと二階にある日本茶カフェのお茶券が貰えることだ。
この「茶之実倶楽部」には茶ムリエさんが居て、美味しいお茶を淹れてくれる。

7-1211N.jpg

希望するお茶の二種類とお茶うけを出してもらい、一年の来し方を振り返りながらまったりした時間を過ごす。
これが楽しみで、自宅への配送よりわざわざの築地行きを選んでいるのである。

三日ほどかけてお歳暮の手配が終わると、急に晦日が迫ってきたような心地がする。
昨年は退院して間もない頃だったから、年賀はメールや電話で済ましてしまったが、今年はそういうわけに行かない。
一度楽をすると、年賀状作りも非常に厄介なお荷物に思えてくる。


テーマ:エッセイ・散文 - ジャンル:小説・文学

古書と珈琲と 2017年06月14日 江戸 トラックバック:0コメント:22

神保町。

ということで、
やってきたのは有数の古書店街、神田神保町である。
三越前から地下鉄半蔵門線で二つ目だから、メトロ・ネットワークの充実ぶりには驚くばかり。
反面、東京の地面の下は大丈夫なんだろうかという、懸念も拭いがたい。

7-0609C.jpg

神保町に来るのは6年ぶりだが、ここも少なからず変貌している。
小さな古書店は姿を消してカフェになっていたり、大きな書店は新しいビルに替わっているなど、
わずかな間に街の表情は異なっていた。

7-0609D.jpg 7-0609E.jpg
7-0609F.jpg 7-0609G.jpg

だが、古書を物色する人々の姿は不変である。
いかにも神保町らしい風景である。

さて、昼食だが・・・
古くからの食堂「ランチョン」「カロリー」あるいは蕎麦の「松屋」など、かつて知った所にするつもりが、
突然、忘れかけていた店を思い出した。

7-0609H.jpg

ただし、今もやっているかどうか定かではないが、ともかく神保町交差点を、水道橋方面に向う。

7-0609I.jpg

すると懐かしい看板が見えてきて、表側は小奇麗に変わっているが紛うことなき「いもや」

7-0609J.jpg

ここは半世紀も前から、天丼専門に繁盛してきた店である。
メニューは天丼とえび天丼だけ。

7-0609K.jpg

目の前で揚げた天麩羅をご飯に乗せて、濃すぎず薄すぎずというタレをかけた絶妙の天丼。
ご馳走さま!

久しぶりに来て今頃気付いたのが、喫茶店が非常に多いということだ。
新しいカフェも増えているようで、大げさにいえば10メートルに一軒はカフェ&喫茶店という有様である。

7-0609L.jpg 7-0609M.jpg

古書店通りの一本裏道には、古くからの純喫茶、ジャズ喫茶がまだ健在で、

7-0609N.jpg

中でも「さぼうる」は50年の歴史を持つ代表的な喫茶店である。
一際目を引くトーテムポールに、思わず足を止める人も多い。

7-0609O1.jpg

店内は山小屋風の造りになっていて、当然、古書店を巡り歩いた客が殆どだろう。

7-0609P.jpg

珈琲を味わいながら、手に入れた古書を嬉しそうに捲る光景は、神保町ならではと思う。

7-0609R.jpg

駿河台下から御茶ノ水駅にかけては、通称「明大通り」と呼ばれている。

7-0609T.jpg

その名の通り、明治大学のお膝元である。
暫らく見ないうちに、高層の校舎がいくつも出来ていた。

体調が万全なら日暮れまで待って、小川町あたりの古い酒場で軽く一杯というところだが・・・


テーマ:地域情報 - ジャンル:地域情報

花曇り(二) 2017年04月11日 江戸 トラックバック:0コメント:38

カフェはリバーサイド。

日没には1時間以上ある。
八重洲の酒場で時間をつぶすという手もあるが、某カフェのことを思い出した。

7-0406I.jpg

茅場町駅から近い亀島川沿いに4階建ての古いビルがある。

7-0406J.jpg

昭和2年に建てられたこの井上第2ビルは、戦後しばらくセーラー万年筆の本社社屋だったそうだ。

7-0406K.jpg

7-0406L.jpg

その1階にある「WALL STREET」は、ビルと同じようにレトロな雰囲気のレストランバーである。

7-0406N.jpg

早めの時間に入ると、眺めのいい窓際の席が選べる。
ここは独り呑みには、もってこいの一画だ。

7-0406M.jpg

まだ強いアルコールには自信がないので、ハイボールをゆっくり飲むことにしよう。
窓の外は亀島川。

7-0406O.jpg

料理は飯蛸とセロリのマリネ、そして牛筋のワイン煮込み。
ちびちびと飲み、黙々と食べるうちに夕色が濃くなってきた。

7-0406P.jpg

茅場町から八重洲へとそぞろ歩き。

7-0406R.jpg

夜はネオンや店の灯りに映えて、一段と華やぐ桜。

7-0406S.jpg

都会の夜桜をこうしてゆっくり愛でるのは、記憶にないことである。

7-0406T.jpg

しかし、花見の楽しみの一つは、桜に酔いしれる人々の姿。

7-0406U.jpg

その無心な顔、顔、顔を見ることだと、気付いたのはいつのことだろう。
そしてそれは、一種の物悲しさを含んでいるからこそ、一層愛おしく思えるようになったのは最近のことかも知れない。


花吹雪



テーマ:雑学・情報 - ジャンル:学問・文化・芸術

花曇り 2017年04月10日 江戸 トラックバック:0コメント:12

日本橋、さくら通り。

八重洲南口を出て外堀通りを渡ると、桜並木が見える。

7-0406A.jpg

花が終わり再び咲くまでの350日ほどは、飲食店が並ぶだけのありふれた通り。
桜の季節はどこもそうだが、景色は一変する。

7-0406B.jpg

初めて訪れた人は、まさか東京駅のまん前に桜並木があるとは思ってもみなかったようで、
しばらくは口を開けて眺めるか、スマホをかざして飽かずに写真を撮っている。

7-0406D.jpg

7-0406E.jpg

桜並木は銀座通りを越して、高島屋の脇から兜町へと続いている。

7-0406G.jpg

東京駅から1分の、「日本一交通便利な桜」と言われているが、

7-0406H.jpg

無機的なビルの林に咲く桜もいいではないか。

7-0406Ha.jpg

桜並木のスタバ。こんな光景もいいではないか。


せっかくだから、日暮れまで待って夜桜を楽しもう。

《その話は、次回に・・・》





テーマ:雑学・情報 - ジャンル:学問・文化・芸術

 » »