南回廊 2010年06月29日 文学 トラックバック:0コメント:8

歌人
ILLUSTRATED BY NANTEI

幻の歌人

*このイラストはイメージです。ご本人とは関係ありません。

平成20年の師走に入ってまもなく、
朝日歌壇は異様な熱気に包まれるようになりました。
8日付けに登場したある歌人が話題を呼んだのです。

「柔らかい時計を持ちて炊き出しのカレーの列に二時間並ぶ」

以降毎週の入選を果たす歌の力はもちろん、
公田耕一という名前の上の(ホームレス)に読者は衝撃を受けたのです。
しかしその衝撃はすぐに共感と感動の声に変わりました。

「鍵持たぬ生活に慣れ年を越す今さら何を脱ぎ棄てたのか」
「水葬に物語などあるならばわれの最後は水葬でよし」

充たされた人、そうでない人も。あらゆる読者が心を抉られたのです。
やがて公田氏への相聞歌が寄せられるようになりました。
中でも郷隼人氏の歌には深い想いがあります。

「囚人の己が(ホームレス)公田想いつつ食むHOTMEALを」

囚人と言う通り、郷氏は何らかの罪によって米国で服役していて、
その獄中から投稿しているということなのですが、
朝日歌壇ではすでに注目の人でした。

「深刻な不況の世には獄中が一番平和な場所にありなむ」

これは郷氏ならではの歌です。

「囚人の・・・」が入選した日、奇しくも公田氏もこんな歌が選ばれていました。

「温かき缶コーヒーを抱きて寝て覚めれば冷えしコーヒー啜る」

偶然にも響き合うようなこの二首に身震いを覚えたものです。
そうしてついに、朝日新聞が「公田氏。連絡を乞う」という囲み記事を出し、
「天声人語」でも紹介されると、多くの読者から激励の便りが届くという、
ちょっとした社会現象になったのです。
しかし平成21年9月7日付けの

「瓢箪の鉢植えを売る店先に軽風立てば瓢箪揺れる」

を最後に歌の消息さえ絶えてしまいました。
私は最悪の事を考えるようになりました。
多分関心のある人は皆そうだったかもしれません。

でも、あれから一年。
今だに月曜日の歌壇の中に(ホームレス)という文字を探す自分がいます。












 




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テーマ:短歌 - ジャンル:小説・文学

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