南回廊 2010年08月31日 俳句 トラックバック:0コメント:7

俳句18
続・風の盆
私は富山県に十年近く住んでいた。
住んでいた間、風の盆には一度行ったきりだが、
社会に出て関東に移ってからは、夏休みをずらして三度訪れた。

来るたびに当然年齢も加わってくるのだが、
そのつど感じ方も変わってくる。
もう二十年以上訪れてないが、
今のこの齢で風の盆を眺めたら、どんな感慨がわくだろうか。

この町で育った人は遠くで暮らしていても、
都合がつく限り必ず風の盆に戻ってくるという。
茶髪であちこちにピアスを埋めた娘も、
菅笠を目深に被るとき、おわらの女に一変する。

たった一日のおさらいで、指の先から足の先まで、
風になってしまうのである。

ところで、おわら節とは恋の歌だと前篇で書いたが、
この艶な民謡を本番で歌うのは男に限られる。
何十年も歌い込んだ男たちである。

おわら節は民謡のなかでも難曲中の難曲だ。
まずキーがとんでもなく高い。
判り易くハ長調で説明するなら、いきなり2オクターブ高いドから始まる。

ほとんどがこの高い音程を維持しつつ、
ゆっくりとしたテンポで歌わなければならない。
実は私も昔は歌えた(越中人は否が応でも覚えさせられる)が、
当時でもすぐこめかみに、太い卍が浮かび上がったものである。

今ですか・・・。今は生命の危険すらあるので、歌えません。

こうして夜が明けるまで、
胡弓とおわら節の哀切な調べが八尾の町を包むのである。

だが私が一番忘れられない光景は、東の空が白む頃。
踊りの果てた菅笠が、二人三人と家路を目指して去ってゆき、
最後に人影が少なくなった朝もやの中を、
三味線は太い拍子を刻みながら街角の左へ、
胡弓はひたすら楽器を泣かせながら、右へと消えてゆく時である。
その背中におわらの粋と誇りを見るのである。

瓦屋根に朝日が鈍く反射しはじめると、
八尾の町は遅い眠りにつく。


明日から、その風の盆が始まる。










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テーマ:俳句 - ジャンル:小説・文学

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