南回廊 2013年09月30日 俳句 トラックバック:0コメント:14

《今週の・りこちゃん、わこちゃん。》
────────────────────────────────────
雲はまだ真夏のかたち空だけが運動会の色に近づく  松田梨子

選者の馬場あき子さんは、
「中学生の新鮮な目が《運動会の色》という言葉を発明。抜けるような空の青さを感じさせる」
と評していますが短歌・俳句といった短詩形は、鋭敏な言語感覚がいかに大切かを改めて知らされた思いです。




1108E.jpg

文人俳句の魅力。
文人俳句という呼び名がある。
小説などの文筆に携わる人が作る俳句で、夏目漱石や芥川龍之介ら多くの作家が親しんできた。
瀬戸内寂聴と齊藤慎爾による『対談・寂聴詩歌伝』は、そうした文人俳句の世界を、
瀬戸内の長年の体験を通して、ユーモラスに伝える一冊である。

瀬戸内が俳句に取り組んだきっかけは、小説家で劇作家の久保田万太郎が主宰する句会に出席したこと。
無駄のない簡潔な文章を書くことや季語の知識など、文学修業の狙いもあった。

短編小説の名手だった永井龍男の句会にも参加。
中村汀女や水原秋桜子といったプロの俳人が同席するレベルの高い句会で、
小説家の円地文子と「いつもビリを争っていた」。

先輩の円地には「ビリの一つ上」を譲るよう心掛け、
参加記念に貰えるトイレットペーパーばかりが溜まっていったと振り返る。
鈴木真砂女をモデルに小説を執筆。今も俳人たちとの交流は深い。

星ほどの小さき椿に囁かれ

御山のひとりに深き花の闇

花を題材にした繊細な艶を感じさせる句。
「御山(おんやま)」は住職を務めた天台寺を指している。
神秘的な妖しい囁きや「花の闇」の古典的情緒は、物語の世界にもどこか通じているのではないか。

かつて「小説とは自分の血をインクに、自分の脂に灯をともして書くものだ」とした瀬戸内寂聴。
対談の最後では「俳句はぎりぎり切羽を表現するでしょう。潔いから好きですね」と述べている。
文学をめぐる、示唆に富む一言だ。


これは近代ドイツ史研究者で俳人の田中亜美氏が、朝日新聞の「俳句時評」に寄せた論評である。

この瀬戸内寂聴さんの最後の一言は、俳句というものの全てを言いつくしているように思われる。
ひるがえって俳句らしきものを弄っている南亭だが、果たして「潔い」かどうか。
きっとほど遠いところでうろうろしているに違いない。


●関連記事●
俳人・芥川龍之介



スポンサーサイト

テーマ:詩・和歌(短歌・俳句・川柳)など - ジャンル:学問・文化・芸術

 » »