あってたまるか 2015年01月28日 歴史 トラックバック:0コメント:28

江戸人は想像力豊か。

今から200年以上前、江戸中期の大衆小説に「未来記もの」という流行りがありました。
どれも何年後という具体的な数字は書かれていませんが、
読者の誰もが実際に目にすることは不可能な、ずーっと先のことだと前置きしています。

書き手も読み手も内容が冗談であることは百も承知で、
そんなことがあってたまるかと、笑うための草子だったのですが、
その未来にいる私たちから見れば、冗談に終らない大予言も少なくないのです。

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ILLUSTRATED BY NANTEI

驚くべきその未来予想とは!

(1)季節感がなくなる(旬の時期が判らなくなっちまうぜ)
(2)諸事高級志向となり、贅を極めた後は渋い趣味に走る(古いなんでもねえもんがいいのさ)
(3)各界での女性の台頭(男の世界に億面もなく入ってきやがる)
(4)自然破壊(山奥まで家が立ち並んで有難い寺も俗っぽいこと)
(5)子供が辛い食いものに目がなくなる(七味の薬研堀にガキが列を作ってるそうじゃねえか)
(6)玄人と素人の差が無くなる(うまくいきゃあおいらの娘も芸能で稼げるってこった)
(7)今まで家で作ってたもの一式が簡単に買える(お節なんざあ作るこたあねえよ)
(8)草双紙が大人の読みものとなる(いわゆる漫画のことだあね)
(9)日本語が乱れついには得体の知れないカタカナ言葉が横行する(あべのみくす?どんな食いもんだい?!)
(10)遊女が金持ちになり実業界に(あの風俗嬢が社長だってよー)
(11)年寄りが若づくり若者の老人趣味(?爺さんかと思ったら与太郎じゃねえか)
(12)盆と正月がのべつまくなし(毎日が祭りだあね)

・・・・などなど。

冗談遊びとはいえ、当て嵌まる予言がこれほどあるとは!
江戸人、おそるべし。


この記事の一部は、杉浦日向子『一日江戸人』から拝借しました。


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