おわら 2015年08月31日 伝統 トラックバック:0コメント:20

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きぬぎぬ(後朝)=衣を重ね掛けて共寝をした男女が、翌朝別れるときそれぞれ身につけるその衣。または男女の別れ。

風の盆。
越中八尾は富山駅から高山線で20分、人口2万人ほどの小さな町である。

その越中八尾といえば、おわら風の盆。
風の盆は最も静かで幻想的な盆祭りかもしれない。

静かといえばこの風の盆ではマイクは一切使われていない。
だから町ごとの音曲も遠くから近付いてきて、 目の前を通り過ぎると闇の中に消えてゆくような、
なんともいえない余韻に包まれるのである。

踊りは優美で、歌も音曲にもそこはかとない哀愁がある。

特に胡弓を使うのは全国でも珍しく、太棹の三味線を従えて啜り泣くように鳴り出すと、
菅笠を目深に被った若い男女が、風のように舞い始めるのだ。
菅笠から覗く顔半分とうなじは、 ぼんぼりと家々からの柔らかな光を受けてはっとするほど美しい。

中には少女らしい姿も何人か見受けられる。
八尾の町では生まれて歩けるようになると、誰でも「おわら」を踊り始めるといわれているが、
まだ中学生ぐらいだろうに、流れるような手振りは大人にひけを取らない艶がある。

「おわら」は女は女踊り、男は男踊りと振り付けが分かれていて、しばらくは別々に豊年の祈りを舞ううちに、
やがて男女が慕い合い忍び合う恋情の踊りになってくる。



実際、おわら節の内容は、ほとんどが恋の歌である。

おわら踊りの 笠着てござれ 忍ぶ夜道は オワラ 月明かり
お風邪召すなと 耳まで着せて 聞かせともなや オワラ 明けの鐘
針の穴から 浮名がもれる 逢うて逢われぬ オワラ 人の口
粋な小唄で 桑摘む主の お顔見たさに オワラ 回り道
別れが辛いと 小声で言えば しめる博多の オワラ 帯がなく
仇な色香に 迷いはせねど 実と情けにゃ オワラ つい迷う


この艶美な謡を祭りの本番で歌うのは、何十年も歌い込んだ人たちに限られている。
越中おわら節は民謡のなかでも難曲中の難曲といわれているが、
まず音階がとんでもなく高くしかもゆるやかな拍子なので息継ぎにも大層苦労するのだ。

だからそれなりの訓練と経験が必要になるのだが、
越中では八尾を中心に子供の頃から踊りはもちろん、「おわら節」に慣れ親しむ習慣があったことで、
その素晴らしい声の伝統を守ってきたのだった。

私はこれまでに風の盆には二回しか行ってないが、
一番忘れられない光景は東の空が白む頃。

踊り疲れた男女が、二人三人と我が家を目指して去ってゆき、
最後に人影が少なくなった朝もやの中を、三味線は太い拍子を刻みながら街角の左へ、
胡弓はひたすら楽器を泣かせながら、右へと消えてゆく情景である。
その背中におわらの粋と誇りを見るような気がするのだ。

瓦屋根に朝日が鈍く反射しはじめると、八尾の町は遅い眠りにつく。

風の盆は毎年9月1日から、三日三晩訪問者を魅了してやまない。


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