ある愛 2016年10月27日 音楽(古典) トラックバック:0コメント:30

クララとブラームス。
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ILLUSTRATED BY NANTEI

ブラームスは生涯独身で通しました。
狷介(妥協しない)な性格だったこともありますが、
クララ・シューマンへの愛のためだったとも言われています。

クララは21歳でシューマンと結婚したのですが、
そのシューマンはやがてブラームスの恩人となります。
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ILLUSTRATED BY NANTEI

批評家としても名声の高かったシューマンは、
若いブラームスを高く評価し、大作曲家への道を開いてくれたのです。

シューマンと親交を深めるにつれて、
ブラームスはクララに強く魅かれていきました。

クララは優れたピアニストでもあり、その上ご覧のような美貌でした。

クララ

でも恩人の妻です。
懊悩し続けたに違いありません。
ブラームスはどのようにして自らを救ったのでしょうか。
それは精神的な愛(プラトニック・ラブ)に昇華させることでした。
相当な抑制の努力が必要だったと思います。

シューマンが56歳で亡くなった後、
ブラームスは残されたクララ一家を、遠くから物心両面で支え続けました。
当時二人の間には頻繁な書簡の往き来があったといいます。

しかしブラームスは晩年お互いの書簡を処分するように申し入れ、
全てを灰にしてしまいました。
後世でクララの名前を汚さないようにしたっかたのでしょう。

1896年。クララは77歳でこの世を去り、
ブラームスは翌年、安堵したかのように64歳の生涯を閉じました。

そんな物語を頭に浮かべながら、ブラームスの 「ワルツ」をお聴きください。
ブラームスといえば重厚で渋い作風で知られていますが、ピアノ用に作られたこの曲は、
とても家庭的でチャーミングだったので、友人の評論家は、
「非世俗的な男がこのような曲を作るなんて!」と、非常に驚いたそうです。

中でも15番は「愛のワルツ」と呼ばれる、ひじょうに美しい小品です。




そうそう、クララはブラームスからの手紙をどうしたのでしょうか。

大部分が大切に保管されていました。


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