ILLUSTRATED BY NANTEI
一千一秒物語
稲垣足穂(いながきたるほ)という作家をご存じだろうか。
稲垣 足穂(1900年12月26日 - 1977年10月25日)は関西学院卒業後、神戸で複葉機製作に携わったが後に上京。
関東大震災の前後、雑誌『文藝春秋』『新潮』『新青年』を中心に作品を発表、
新感覚派の一角とみなされるようになった。
三島由紀夫(ちなみに三島は足穂を、「昭和文学のもっとも微妙な花のひとつ」と讃を送っている)の後押しにより、
『少年愛の美学』で第1回日本文学大賞を受賞した。
世界大百科事典では、稲垣足穂について、
少年期の飛行機幻想をそのまま70余年の孤高の日々にもちこんだ異色作家。
10代後半に構想をまとめたという代表作《一千一秒物語》(1923)や、
日本文学大賞受賞作の《少年愛の美学》(1968)にみられる〈人間をオブジェとして扱う手法〉は、
タルホ・コスモロジーと言われる宇宙論的郷愁とあいまって、全作品に共通する特徴である。
都市の幾何学、飛行精神、人工模型、英国ダンディズム、男色趣味、謡曲の幻想世界、物理学的審美主義、
ヒンドゥーイズム、キネティックな手法、月光感覚などを駆使した作品群は世界文芸史上にも類がない。
と解説しているが、解説からしてぼんくらの私にはチンプンカンプンだった。
もちろんその存在すら知らなかったのは当然である。
しかし文盲に近い私を憐れんだのか、ある時は谷崎、ある時は太宰といったごく初心者向けの文学作品を、
その膨大な蔵書の中から貸与してくれた恩人O氏から「こういうのも読んでおいたほうがいいぞ」
と手渡してくれたのが、 足穂の《一千一秒物語》という一冊だった。
宿題をもらった生徒のように、しぶしぶ開いてみたのだが、
仰天したのは40字から800字ほどの詩とも短編ともつかない話が約70編連なっていて、
しかもそれは不思議なというより、妖しい世界に突き落とされるような短編集だったのである。
その中からいくつか紹介しよう。
「猫のしっぽを切った話」
ある晩 黒猫をつかまえて鋏でしっぽを切るとパチン!と黄いろい煙になってしまった
頭の上でキャッ!という声がした
窓をあけると 尾のないホーキ星が逃げて行くのが見えた
「ココアのいたずら」
ある晩 ココアを飲もうとすると あついココア色の中から
ゲラゲラと笑い声がした びくりして窓の外へ放り投げた
しばらくたってソーと窓から首を出してみると 闇の中で茶碗らしいものが白く見えていた
なんであったろうかと庭へ下りて いじろうとしたら
ホイ!という掛声もろとも屋根の上までほうり上げられた
「土星が三つ出来た話」
街角のバーへ土星が飲みにくるというので しらべたら只の人間であった
その人間がどうして土星になったかというと 話に輪をかける癖があるからだと
そんなことに輪をかけて 土星がくるなんて云った男のほうが土星だと云ったら
そんなつまらない話に輪をかけて しゃれたつもりの君こそ土星だと云われた
「どうして酔いよりさめたか?」
ある晩 唄をうたいながら歩いていると 井戸へ落ちた
HELP!HELP!と叫ぶと たれかが綱を下ろしてくれた
自分は片手にぶら下げていた飲みさしのブランディびんの口から葡い出してきた
「IT'S NOTHING ELSE」
A氏の説によるとそれはそれはたいへんな
どう申してよいか びっくりするようなことがあります
それでおしまい
丸尾長顕はこの《一千一秒物語》について、「これこそショート・ショートの元祖である」と評し、
現代ショート・ショートの旗手である星新一は「ひとつの独得の小宇宙が形成」されていて、
「感性による詩の世界」と言う。
松村実氏の解説によると、
ここには人間的な温かさは全然感じられず、
あらゆるものは無機物のレトルトによる金属性血液を注入されて、
自由自在に飛び回っているのである。
これもチンプンカンプンの解説だが、わけのわからないものほど面白いことがある。
短夜のつれづれにいかがだろうか。
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テーマ:エッセイ - ジャンル:小説・文学
稲垣足穂、初めて知りました。
しかも感性が鈍い小生にはよく理解できない作品ばかり。
ただ、南亭さんの人物画はいつもながら驚嘆します。
- 2023/02/07(火) 16:02:17 |
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- 昨日庵 #-
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おはようございます。
すっかりPCにもNANTEIさんにもご無沙汰をしていました。
見栄っ張りな私の、意地と維持を通さんと・・・抱え持つ小さな爆弾と闘争していました。
少し明かりが見えてきて、ヤレヤレです。
稲垣足穂、名前だけ知っていましたが全く遠い存在でした。
が、教えて下さった小品で、興味津々な人物になりました。
ラーメンが中華そばだったころ、懐かしいです。
おうどんやさんのラーメンが好きだったことがあります。汁がうどんつゆでした。
飾り切りの卵の切り方知りたい。
NANTEIさんの夜明けのスキャット・・・素敵!
私は、由紀さおりのこの曲と、
時には母のないこの様にを深夜のドライブ中に初めて聞いた、衝撃的なうた。
医学生7人と東大寺のお水取りに行く途中だったな。
当時、女性ご法度のお水取りは、車中でお留守番だったことも懐かしい。
- 2023/02/08(水) 10:07:48 |
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- こすずめ #-
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こんばんは!
稲垣足穂さん、存じ上げませんでした。なんだか不思議な世界を描かれる方なのですね。
NANTEIさんはいろいろご存じですね!私は有名どころの作家さんしか知りません。でも稲垣足穂さんの御本読んでみたいですね!
- 2023/02/08(水) 21:51:32 |
- URL |
- みゅうぽっぽ #-
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こすずめさん。
そういうことでしたか。
ずいぶん心配しましたよ。
ま、その間埒もない記事ばかり書いてましたけど^^;
とりあえずホッとしました。
- 2023/02/08(水) 21:52:53 |
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- NANTEI #-
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みゅうぽっぽさん。
こんにちは。
恥ずかしながら、南亭は読書の習慣がないのです。
これは先輩から「読んでみなさい」と奨められた本でした。
全部は理解できませんが、面白い作家だと思いました。
- 2023/02/09(木) 09:21:54 |
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- NANTEI #-
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