古書と珈琲と 2017年06月14日 江戸 トラックバック:0コメント:22

神保町。

ということで、
やってきたのは有数の古書店街、神田神保町である。
三越前から地下鉄半蔵門線で二つ目だから、メトロ・ネットワークの充実ぶりには驚くばかり。
反面、東京の地面の下は大丈夫なんだろうかという、懸念も拭いがたい。

7-0609C.jpg

神保町に来るのは6年ぶりだが、ここも少なからず変貌している。
小さな古書店は姿を消してカフェになっていたり、大きな書店は新しいビルに替わっているなど、
わずかな間に街の表情は異なっていた。

7-0609D.jpg 7-0609E.jpg
7-0609F.jpg 7-0609G.jpg

だが、古書を物色する人々の姿は不変である。
いかにも神保町らしい風景である。

さて、昼食だが・・・
古くからの食堂「ランチョン」「カロリー」あるいは蕎麦の「松屋」など、かつて知った所にするつもりが、
突然、忘れかけていた店を思い出した。

7-0609H.jpg

ただし、今もやっているかどうか定かではないが、ともかく神保町交差点を、水道橋方面に向う。

7-0609I.jpg

すると懐かしい看板が見えてきて、表側は小奇麗に変わっているが紛うことなき「いもや」

7-0609J.jpg

ここは半世紀も前から、天丼専門に繁盛してきた店である。
メニューは天丼とえび天丼だけ。

7-0609K.jpg

目の前で揚げた天麩羅をご飯に乗せて、濃すぎず薄すぎずというタレをかけた絶妙の天丼。
ご馳走さま!

久しぶりに来て今頃気付いたのが、喫茶店が非常に多いということだ。
新しいカフェも増えているようで、大げさにいえば10メートルに一軒はカフェ&喫茶店という有様である。

7-0609L.jpg 7-0609M.jpg

古書店通りの一本裏道には、古くからの純喫茶、ジャズ喫茶がまだ健在で、

7-0609N.jpg

中でも「さぼうる」は50年の歴史を持つ代表的な喫茶店である。
一際目を引くトーテムポールに、思わず足を止める人も多い。

7-0609O1.jpg

店内は山小屋風の造りになっていて、当然、古書店を巡り歩いた客が殆どだろう。

7-0609P.jpg

珈琲を味わいながら、手に入れた古書を嬉しそうに捲る光景は、神保町ならではと思う。

7-0609R.jpg

駿河台下から御茶ノ水駅にかけては、通称「明大通り」と呼ばれている。

7-0609T.jpg

その名の通り、明治大学のお膝元である。
暫らく見ないうちに、高層の校舎がいくつも出来ていた。

体調が万全なら日暮れまで待って、小川町あたりの古い酒場で軽く一杯というところだが・・・


テーマ:地域情報 - ジャンル:地域情報

国宝、重文、又国宝 2017年06月13日 美術 トラックバック:0コメント:12

西大寺展。

西大寺は、奈良時代に創建された「南都七大寺」の一つに数えられ、2015年に創建1250年を迎えた。
奈良時代、聖武天皇・光明皇后の後を継いだ称徳天皇が「鎮護国家」の思いを込めて開創し、
東大寺などと並び称される寺格を誇った。
鎌倉時代には稀代の高僧・叡尊(えいそん)が、密教の戒律を重視した教え(後の”真言律“)を広め、
その弟子の忍性(にんしょう)また江戸時代に大和生駒山・宝山寺を開いた湛海(たんかい)らの活躍などによって発展し、
数多くの仏教美術の名品をいまに伝えている。


と、展覧会の案内パンフレットに書かれていた。

7-0609.jpg

その「西大寺展」は日本橋三越の並び、三井タワーの三井記念美術館で開催されている。

7-0609A.jpg

西大寺は真言密教の寺院だが、密教美術には独特のものがある。
まずは、「金剛杵」(こんごうしょ)「金剛鈴」(こんごうれい)といった修法具。そして多種多様の仏像、神像。

特にこの西大寺の造営に関わった僧・道鏡は、異様なほど多くの仏像を造らせた。
道鏡は女帝・孝謙天皇を誑し(たらし)こんだ怪僧として有名だが、
女帝の心の病を治癒せんがため、あらゆる諸仏・神に献身的な祈りを捧げたと言われている。

ただ今回、展示されるのは西大寺所蔵のものだけではなく、
元興寺、浄瑠璃寺、法華寺、岩船寺他一門寺院の名宝も一堂に会するという。
それらの修法具、仏・神像のうち国宝が11点、重要文化財は50点に及ぶそうで、
なんとも豪華な仏教美術展ではないか。

そのごく一部を紹介する。

7-0609-1.jpg

左は国宝の金剛宝塔。高さ約90cmの金銅製の塔で、木造建築の外観を忠実に模している。
内部には叡尊が所持していた舎利を納めていた。
右は文殊菩薩騎獅像。獅子に乗った文殊菩薩に4人の侍者が従う,いわゆる渡海文殊の作例。
細部まで彫技が冴えわたり、彩色もみごとである。

仏教美術といえば、やはり菩薩と童子が人気で、
今回も興正菩薩や普賢菩薩あるいは善財童子像には、幾重もの人垣が出来ていた。

これらの宝物はショーケースの中で陳列されているとはいえ、会場には一種独特の匂いが漂っていて、
いってみれば1200年の歴史が醸し出す匂いなのだろうか。
それは決して気の所為でなく、過去に訪れた古刹で嗅いだのと同じ種類のものだった。

7-0609B.jpg

三越周辺も再開発が急ピッチに進められていて、この三井タワーを初めCOREDO室町1号から3号館。
あるいはYUITOといった多目的タワーが立ち並んでいる。
日本橋も室町も往時の面影はすっかり失われてしまった。

疲れるような高層ビルの谷間に居てもしょうがない。
場所を替えるとするか・・・

(続く)

テーマ:地域情報 - ジャンル:地域情報

隠れ里 2017年06月11日 俳句 トラックバック:0コメント:16

近江A


菅浦。

何度か琵琶湖周辺を旅したことがある。
その中で最も印象深いところといえば、菅浦という集落だろう。
白洲正子の《かくれ里》という旅の随筆で知り、是非にもと訪れたのだった。

菅浦は琵琶湖の真上の喉仏のような半島、その湖岸にへばりついた集落である。
車が無ければ非常に不便なところだが、不便でなければ「かくれ里」にはならない筈だ。

関東から行くには米原で北陸線に乗り換え、さらに近江塩津で湖西線に乗り換えて、
近江今津という駅からバスで約一時間、しかもバスは日に何本かという厄介な行程である。

この集落は奈良時代から漁業を営み、 朝廷へも魚を献じていたと伝わる古い歴史を持つ。
東西の入口には、よそ者を誰何するために四足門を構えていた。
今も四本の柱と、茅葺き屋根が残されている。

戸数は二百たらずであろうか。
にもかかわらず須賀神社という大社と、 廃寺も含めると寺院が五つ。
相当の財力を持っていた集落だということが、よくわかる。
家並みに入ると、石垣の細い道が続く。 出会うのは殆ど高齢の方だったが、みな血筋のよい顔に見えた。

その日は風のない、ぬるりとした一日で、
琵琶湖は油を流したようにさざ波さえ見えず、 まさにあぶら凪であった。

集落を一回りした後、やや離れた宿に入る。
夕食は鯉こく、わかさぎの天麩羅など淡水魚中心である。
近江の有名な郷土料理、鮒鮨も添えられていた。

鮒鮨は「なれ鮓」の一種で主に魚を塩と米飯で乳酸発酵させた食品である。
現在の寿司は酢飯を用いるが、なれ鮓は乳酸発酵により酸味を生じさせるもので、
これが本来の(鮓)の形態である。 現在でも各地でつくられている。

せんだって紹介した加賀の「かぶら鮓」、それから福井の「へしこ」などもそうである。
なれ鮓は好き嫌いがはっきりと分かれるそうだが、中でも鮒鮨は筆頭といっていいだろう。
なにより醗酵した魚の匂いが駄目、という意見が最も多いようだ。

「くさや」も同じく匂いで敬遠されるが、何かの拍子で好物に替わるという人もいる。
実は私もそうで、今では「くさや」も「鮒鮨」にも抵抗が無くなった。
理由はわからないが、提供されたときの状況が良かったのだろう。

近江B

おかげで、琵琶湖周遊への気がかりは全く無くなった。
ちなみに揚句の《淡海》は「おうみ」と読む。琵琶湖のことである。
これが転じて一帯を近江と呼ぶようになった。


ここで載せた写真は、デジカメがまだ高価で普及していない頃、
フジフィルムの使い捨てカメラで撮影したものである。
梅雨時の菅浦は、映した写真すべてが靄の中のようにぼやけてしまった。

二枚目の町並みは、彦根城下にある「夢京橋キャッスルロード」。


テーマ:地域情報 - ジャンル:地域情報

某所 2017年06月09日 美味 トラックバック:0コメント:18

行列の出来る焼き鳥屋。

千葉駅から一駅目、某駅前の某スーパー前に評判の焼き鳥屋があるという。
さっそく行ってみたのが3月のこと。
土曜日の夕方とあってか、予想を遥かに超えた行列が並んでいた。

カメラを忘れていたので、行列の様子を撮ることが出来なくて、
カメラを持って再び訪れたのが先月のことだった。
もちろん、焼き鳥が目的だったのは言うまでもない。
平日で早い時間だったからか、前回より人は少なかったが、それでも10人近い行列だった。

7-0405.jpg

この焼き鳥屋は70前後の親父さんと娘さんが、見事な連携で焼き鳥を焼いてゆく。
親父さんが串に刺して軽く焙った鶏肉を、娘さんが注文の順番に焼きを加えてから、
タレにくぐらせ、あるいは塩を振って仕上げるのである。

7-0405A.jpg

もうもうの煙に霞みながら、無言で作業する職人肌の親父さんと、
元気のいい声で注文を受けつつ、焼きまくる娘さん。
いい風景である。

その焼き鳥は、評判を裏切らない絶品であった。
のん兵衛として、それなりの焼き鳥屋は踏破した私が言うのだから間違いない。
・・・と、思う。

安易な言葉ではジューシー。
やや文学的にいえば、肉汁が豊潤な焼き鳥というべきか。
スーパーのは論外、デパ地下のは肉が固まりつつ冷めたという焼き鳥で、
家で温めてもジューシーは戻ってこないのである。

7-0405B.jpg

そういうわけで・・・
以後、焼き鳥はここのものしか買わないようになった。




テーマ:地域情報 - ジャンル:地域情報

昭和残照(其の二) 2017年06月07日 漫歩 トラックバック:0コメント:24

鳩の街。

農夫としてもリタイア状態になると、時間を持て余すようになった。
そこで散歩も兼ねて昭和の匂いを色濃く残した街並みを、探訪してみようと思ったのである。


今回は永井荷風が愛した町、玉の井、鳩の街界隈を散策する。
玉の井は昭和33年の売春防止法施行まで、墨田区東向島に存在した私娼街である。
永井荷風の小説『濹東綺譚』、滝田ゆうの漫画『寺島町奇譚』の舞台として知られる。

滝田B
滝田ゆう「寺島町奇譚」より

鳩の街は玉の井から1キロ離れているが、同じく私娼街だった。
現在は当時の雰囲気を残した商店街として、また文学の舞台として訪れる人が多いという。

7-0521-2.jpg

7-0521A.jpg

7-0521B.jpg

7-0521C.jpg

「こぐま」は昭和2年築の古民家を利用したカフェ。

7-0521F.jpg

その斜め向かいに「雨カフェ」という気になる店があった。
NPO法人「雨水市民の会」が運営するカフェらしい。
貴重な水資源である雨水の有効活用、水不足支援の活動PRを兼ねて隔週の土日、カフェをオープンしているそうだ。

7-0521D.jpg

商店街のちょうど真ん中に位置する古いアパート「鈴木荘」。
現在は町興しの一環として、若いクリエーターたちに期限付きで安く貸し出している。

7-0521D1.jpg

7-0521E.jpg

ところどころの屋根越しに、スカイツリーが迫って見えるのは、
さすが墨田区と妙な感心をしてしまう。

7-0521G.jpg

「路地尊」と呼ばれている消化用のポンプ。



さまざまな思いのよぎる街だったが、言葉にすると支離滅裂になりそうなので、写真紹介に留めておく。
この日はあいにくの日曜日で、古くからの食堂がお休みだったから、昼飯は「曳舟」駅周辺で探すことにした。

7-0521I.jpg

迷いに迷って入ったのが、魚料理の店。

7-0521J.jpg

蕎麦と漁師丼のセットは、可もなく不可もなく・・・

夏着



鳩の街へは千葉から行くと、京成線の「京成曳舟」が乗り換えなしで便利だが、
降りてからの近さでは、東武亀戸線の「曳舟」がいいだろう。
東武線に乗るためにはJRの「亀戸」で乗り換えるのだが、この東武「亀戸駅」がまた不思議な光景で、
亀戸天神を控えた繁華街の駅とはとても思えないほどの、侘しい有様なのであった。

7-0521-1.jpg






テーマ:地域情報 - ジャンル:地域情報